1940年体制 ~ さらば戦時経済

1940年体制

菅義偉(第99代内閣総理大臣、)のブレーンのひとりであるデービッド・アトキンソンは、著書「日本人の勝算」のなかでこんなことを述べています。「日本人の変わらない力は異常」と。

とはいえ、イギリス人であり元ゴールドマンサックスのデービット・アトキンソン氏からすれば「異常」であっても、日本で暮らすわたしちには何が異常なのか理解しずらいのが現状ではないでしょうか?

一体、「日本人が変えられないもの」とは一体どのようなものなのでしょうか?、「変わらない」といってもいつから変わっていないのでしょうか?

その点については、野口悠紀雄先生(一橋大学名誉教授)の統合的な研究があるので紹介したいと思います。

なんちゃって資本主義

日本人のほとんどは、「日本は資本主義の国である」ということを信じて疑いもしていないと思います。しかしアメリカやイギリス人からみれば、日本は「なんちゃって資本主義」の国なのです。

またほとんどの日本人は、「戦時中の日本は軍国主義だったが、戦後アメリカの統治によって民主主義や資本主義というものが導入されて近代化を遂げることができたのだ」というようなストーリーをなんとなく信じているかもしれません。

2015年4月29日、日本の首相として初めて米議会の上下両院合同会議で演説した安倍首相ですら、「日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした」とコメントしたぐらいですから、民主主義だけでなくあらゆる制度がアメリカから輸入されて戦後日本をつくったと錯覚しても不思議ではありません。

しかしそのような認識は明らかに間違っています。野口悠紀雄先生によれば、戦後日本の経済体制の原点は1940年にあり、それらは「戦時経済体制」と呼ぶものであり、それらは驚くべきことに現在まで続いている・・・というのです。

戦時経済体制とは具体的にはどのようなものなのか?ということを詳しく知りたい方は、『1940年体制 さらば戦時経済』(東洋経済新報社)をチェックしていただくとして、本記事ではエッセンスの部分だけ抽出してあなたにお届けしたいと思います。

自由主義もへったくれもない

日本には戦時中に導入された制度や仕組みが根強く残っています。あなたは「制度が古いなら変えればいいだけでしょ?」と思うかもしれません。しかしそうは問屋が卸さないのです。

なぜならば本当に変えなければいけないのは、日本人の「思想的な部分」だからです。仮に制度を変えることに成功したとしても、日本人の思想が変わらなければ実態は何も変わらないのです。

例えばこの記事を執筆している2021年2月現在、「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)が民主主義であることを信じている日本人はほとんどいないはずです。

あなたは「そんな当たり前のことを今さら確認してどんな意味があるの?」と思うかもしれませんが、日本人にとっても他人事ではないのです。事実、日本の第一党である「自由民主党」(自民党)は、社会主義的な政策を推進しているのに、そのことを問題視する人はほとんどいません。

例えば「消費税」。自由主義者であれば「増税反対」を主張するでしょうし、社会主義者であれば「増税賛成」を主張するでしょう。しかし現実に日本では自由主義を標榜している自由民主党(自民党)は増税を推進し、逆に野党は「増税反対」を主張するという摩訶不思議な状況がまかりとおっています。

しかし日本人は摩訶不思議な状況が蔓延していること自体に気づいていないのです。なぜ?気づかないのか?そう。日本の政治政党の戦いは、理念の戦いではなく、「いかに政権をとるか?」(もしくは政権を維持するか?)という戦いになってしまっているからです。

その証拠に野党が政権をとって与党になれば、それまで野党として反対していたはずの政策を逆に推し進めるという、国民からすれば裏切り行為としか思えないようなことがまかりとおってしまっています。

思想もつくられたもの

「思想的な部分」に変更を加えようとするとき、大きな抵抗があります。例えばいまだに一部の日本企業は、「会社組織における人間関係は家族のようなもの」だとか、「もととも農耕民族だった日本人は、競争や争いを好まない」というように考えているフシがあります。

しかしそのような考え方はあくまでも「幻想」なのです。戦前の日本人投資家はもっとイキイキしていたし、日本の労働者ももっと自由でした。そのことに気づくことこそが、「昔からやっていたことなのだから変えられない。」というような言い訳から逃れる第一歩になるはずです。