ある人質 生還までの398日 ~ テロリズムの縁起を想像する

2021年4月18日、クーデター後の混乱が続くミャンマーで、現地に住む日本人ジャーナリストの北角裕樹さんが治安部隊によって自宅から連行されたことが発覚しました。丸山市郎・駐ミャンマー大使が北角裕樹さんと電話で会話したのが4月23日。報道では「不当な扱いは受けていない」という北角裕樹さんのコメントが紹介されていました。

しかしこれはトンデモないことです。権力側に都合の悪い情報を流すジャーナリストを監禁するなんてことは、テロリストの手口となんら変わらないからです。「すでに不当な扱いを受けている」というのが事実でしょう。

そもそも軍部に監禁されている状況の中で北角さんが自由に発言できるわけがありません。ですから「不当な扱いを受けていない」という言葉をベタに報道することも、その報道を信じることも「ちょっとオカシイ」と思うのです。

残念ながらほとんどの人はそのオカシサに気づきません。なぜ気づかないのでしょうか?おそらくその理由は「ある日突然テロリストに監禁される」ということがどういうことなのか想像できないからではないでしょうか。

そこで今回は、ジャーナリストが人質になり生還するまでを描いた映画(しかも実話ベース)を紹介したいと思います。

予告動画)ある人質 生還までの398日

デンマーク人の目線

『ある人質 生還までの398日』を鑑賞した後に、映画館の外るとほとんどの人は平和な時代に生まれたことを感謝するに違いありません。映画鑑賞中は涙涙の連続で、特にシリアでテロリストによって監禁されてしまった息子を返してもらうために奮闘する家族の表情を見るたびに、涙腺が決壊すること間違いナシ。映画を鑑賞した人は「シリアのテロリストが憎い」という感情に囚われるでしょう。

しかしここで注意が必要です。過激派組織IS(イスラミックステート)にもテロをする理由があるのです。歴史をさかのぼれば、中東戦争のそもそものきっかけは国連決議によります。国連決議によりユダヤ人のためにイスラエルという国が建国され、それまでエルサレムに住んでいたアラブ人は国を追われて難民になり、逃れた先でも苦しい生活を余儀なくされているのです。

アラブ人たちの目線

中東戦争の歴史についてはドラマ「ザ・スパイ -エリ・コーエン-」を紹介する記事のなかでわかりやすく解説したので参考にしてほしいのですが、アラブ人からすれば国連決議に納得できるわけがありません。ユダヤ人を迫害したのはアーリア人(欧米人)なのに、アーリア人のケツを拭くために自分たちが割を食う(聖地エルサレムを追い出される)なんてことはあってはならないことなのです。

しかも人質を拘束して拷問するということは、過激派組織IS(イスラミックステート)だけがやっていることではなく、アメリカ人もやっていることです。グアンタナモ基地(キューバ東南部のグァンタナモ湾に位置するアメリカ海軍の基地)では、2002年からアフガニスタンやイラクでの対テロ戦争で拘束した人物を収容しているのですが、そこでは非人道的な取り調べ(水責め)などをやっているのです。

さらに戦争に使われている武器は、安全保障という名目によってアメリカ・イギリス・ロシアなどで製造されたものであり、それらの大国は表向きは戦争やテロリズムに反対しながも裏では武器商人たちに荒稼ぎをさせているのです。その点については「シャドー・ディール 武器ビジネスの闇」を参考にしてください。

日本の立ち位置

本記事の中で紹介した映画を数本チェックするだけでも、中東問題における日本の立ち位置がいかにナイーブかわかるでしょう。日本は戦後一貫して対米追従を貫いています。その一方でアラブの石油がなければにっちもさっちもいかないのです。

日本はアラブの石油への依存度を減らすために、原子力発電を推進してきました。原子力発電を推進する根拠として「安全神話」、「低コスト神話」、「(核のゴミ)再利用神話」の3つの神話があったわけですが、現在ではそれらの神話の全部が嘘であることが明らかになってしまったからさぁ大変です。

原子力処理水を海に放出することだけでも大きな批判にさらされているだけではなく、そもそも日本政府は「核のゴミを最終的にどこに・どのようにして処分するか?」という問題には答えを出す気も解決する気もないようです。その点については「地球で最も安全な場所を探して」という映画がとても参考になりますので興味があればチェックしてみてください。

政府は助けてくれない

「ある人質 生還までの398日」において、デンマーク政府は「テロリストとは交渉しない」と非常な通告をしました。しかしそもそもの縁起をつくりだしているのは各国の政府なのです。それにもかかわらず、何か問題があるとそのツケは力のない一般市民に押し付けるのです。

もちろん同様の構図は、日本でも見られるのです。本当に助けが必要な時に国は何もしてくれないのです。コロナ禍を経験した人ならわかるはずです。PCR検査数も増えないし、コロナ病床もなかなか増えないし、高齢者や医師へのワクチン接種もなかなか進んでいません。

コロナ禍に突入してから1年以上が経過しても、政府や都道府県は主体的に何かをやるのではなく、さまざまな自粛要請を執拗に繰り返すだけなのです。しかも自粛を要請する側の政治家や官僚を含む行政職員たちですら、自粛せずに飲食店で深夜まで不要不急の会食にうつつを抜かしているのです。

なぜ無規範なる状態が慢性化するのでしょうか?どうすれば無規範なる社会をサバイブすることができるでしょうか?それらの疑問については、またあらためて別の映画を紹介しながら考察を深めていく予定です。