残念な人と、豊かな人の分岐点

先日病気で入院している知人のお見舞いにいったのですが、花やら果物やらお見舞いの品がたくさんありました。

入院した時にこそ「自分の人生がどれだけのものだったのか?」ということが問われるような気がしたのですが、●●な人はお見舞いに訪れる人がいなくてかなりさみしい思いをするそうです。

お見舞いにくる人がいない・・・

でも、案外人生みんな平等かも。
こういう人が入院すると、看護師にも嫌われ家族も面会に来ず、「おーい誰か来いよー!なんで俺の所だけ誰も来てくれないんだよー!何か悪いことしたかよー!(実話)」って寂しさ100%の叫び声を響き渡らせてる。ありがとうとごめんねの練習オススメ。#すぐ怒る人 https://t.co/8E0J1UHx6A

— えりちょろりー (@Ellie_cholollie) 2019年1月23日

上記tweetをみれば答えはわかると思います。そう「怒りっぽい人」です。「怒り」という感情を捨てられない人は、正直にいうと「原始人」です。怒りの感情が湧くのは人間ですからしょうがないですが、怒りを捨てられないのだとすればやっぱり原始人です。

つい先日も別れ話を切り出された恋人から暴行され、その数日後に仕事先でその恋人から殺害されるという痛ましい事件が発生しました。恋人を刺したあとは、茫然自失だったという目撃証言もありますから、元・恋人を刺してスッキリしたのだと思いますが本当にとんでもないことです。

先日、交通事故に遭って「交通事故なんてなかった」と加害者側の担当者から電話口でいわれたときには「こいつは何をいってんだ?」と一瞬怒りの感情が湧きました。しかし冷静に対応することができました。もしわたしが怒りの感情をもったままだったら????おそらく、バカなことをいっていたでしょう。

感情にふりまわされながら行動するということは、酒を飲みながらセンター試験に挑戦するようなものです。本当に何かを成し遂げたいのであれば、不必要な感情は捨てなくてはなりません。なぜならば感情に囚われている時間がもったいないからです。冷静に着実に淡々とやるべきことをやることが何よりも大事なことなのです。