カポネ ~ 禁酒法?最高だぜ!!!

2021年4月22日、大阪府では緊急事態宣言に伴う措置として、酒類を提供する飲食店に休業要請を行う一方、提供しない場合は午後8時までの時短要請を行う方向で調整が進められていることが報道されました。ネット上では「禁酒法?」とか、「アル・カポネのような犯罪者が復活するのでは?」と騒がれています。

そこで今回はアル・カポネの晩年を描いた映画を紹介するとともに、映画では描かれていない「禁酒時代のアル・カポネ」を紹介しつつ、記事の最後では大阪府の緊急事態宣言の行く末を予想しておきたいと思います。

予告動画)カポネ

禁欲的プロテスタント

かの名高き禁酒法は、1920年から1933年まで続きました。なぜ?第28代アメリカ大統領のウィルソンは、禁酒法を推進したのでしょうか?

そもそもアメリカ合衆国は、禁欲的プロテスタントが作った宗教国家です。歴史を振り返ればプロテスタントの指導者であったカルヴァンは、酒は人間の理性を失わせるものとして飲酒することをほとんど禁止したことでも有名です。

だから今でも飲酒を犯罪視する人は珍しくなく、トランプ元アメリカ大統領もお酒を一滴も飲まないことが知られています。投資銀行家のぐっちーさんこと山口正洋さんはこんな思い出を披露しています。

トランプ氏と食事をしていた時にもワイン好きの私にはワインを薦めつつ、自分は一滴も飲んでいなかった。この時、酒は体によくないからほどほどにしておけよ、と彼から言われた記憶が確かにある。

【引用:PRESIDENT online

第一次世界大戦

飲酒について否定的な宗教的な下地があるところに、アメリカは第一次世界大戦に参戦しました。参戦した理由についてウィルソン大統領は「世界をデモクラシーをして住みよくさせる戦争」であると語りました。

そう。当時のアメリカの立場からすれば、第一次世界大戦とは一種の聖戦だったのです。ですから聖戦に従軍する兵士は、当然のことながら素面(しらふ)でなければなりません。

また社会的な背景も禁酒法の成立を後押ししました。この時代のアメリカでは、一家の大黒柱である主人が給料を全部お酒に変えてしまって、妻や子どもが飢えに泣くなんてことが社会問題として騒がれていたのです。そこでアメリカの政治家は考えました。「そうだ。酒飲ませなければいんだろ?」と。

禁酒法は1920年1月1日から発効されました。「飲用の目的で、アルコール飲料の醸造またはその販売もしくは運搬またはその輸入もしくは輸出すること」を禁止したのです。結果はどうなったのでしょうか?

法の抜け穴

禁酒法の結果、アメリカ人の飲酒量は減りませんでした。なぜか?その理由は人々が法の抜け穴を利用したからです。法の抜け穴とは?そう。禁酒法で禁止されていることは、酒の醸造・運搬・販売であって、「酒を飲むこと」自体は禁止されていなかったのです。

ではそもそもなぜ禁酒法で「酒を飲むこと」そのものを禁止しなかったのでしょうか?

それはアメリカでは「酒を飲むこと」は純然たるプライバシーの問題であり、国家が個人のプライバシーにまで介入することはできないと判断されたからです。冒頭で紹介した大阪府のコロナ対策でも酒を飲むこと自体を禁止しているわけではなく、「酒の提供をしている事業者への休業要請」あることとも類似点があります。

話を禁酒法当時のアメリカに戻します。合法的に酒の醸造・運搬・販売ができないとなればどうなるでしょうか?当然、非合法の組織の出番となります。酒の醸造・運搬・販売の段階で警察につかまらなければ酒は飲み放題という状況が生まれてしまったのです。

カポネの荒稼ぎ

カポネは法の抜け穴に目をつけて荒稼ぎをします。カポネは「20年代のアメリカほどすばらしい世の中はない」と豪語しました。結果、禁酒法はギャングの利権を守る役割を果たすことになってしまったのでした。

一度手にした利益を手放すギャングはいません。禁酒法廃止の動きがでるたびに、反対する政治家にはどこからともなく莫大な献金がなされ、実質的に効力のない禁酒法が13年も続いたのでした。

禁酒法とコロナ対策との違い

大阪府のコロナ対策の件で、「禁酒法」とのことを持ち出す人がいますが、大きな違いがあることにお気づきでしょうか?

アメリカの禁酒法の目的は「お酒を飲ませないこと」そのものである一方で、大阪府のコロナ対策の目的はお酒を飲ませないことではなく「お酒を提供する飲食店に休業要請をすることで、コロナの新規感染者を抑えること」にあるのです。

つまりアメリカの禁酒法において「お酒を飲ませないこと」はそれ自体が目的である一方で、大阪府のコロナ対策は「お酒を飲ませないこと」が手段なのです。そういったことまで踏まえると大阪府のコロナ対策は、アメリカではなくソ連がやったことに似ています。

ゴルバチョフの節酒法

話がカポネとはまったく関係のないところまで進んでしまいましたが、せっかくなのでもう少し話を続けましょう。

ソビエト連邦最後の指導者としても有名なゴルバチョフは、労働者の生産性を上げるために「お酒を飲むな!!」といったのです。日本人にはもうこの時点で想像が追いつかないでしょう。「国の指導者がわざわざ酒を飲むなと命令するなんてどういうこと?」と。

もしその雰囲気がわからなければ『DAU.ナターシャ』という映画を観てください。この映画に登場する人物たちは、日本人からすれば異常としか思えないほどのお酒好きなのです。しかし「DAU.ナターシャ」で描かれている様子は決して誇張でもなんでもないのです。実はこの映画、リアリティーの追及にとてもこだわっている作品なのです。

さて節酒法についてもっと掘り下げることもできるのですが興味のない人がほとんどでしょうから、節酒法の結論だけお伝えしましょう。節酒法の結果どうなったか?ズバリ大失敗。もちろん酒の取引量は減った。でも大失敗。どういう意味で大失敗だったのか?

残念なことにいつの間にか「公の取引量を減らす」ことそのものが目的になってしまい、結果的に密造酒を販売するお店が増加し、アルコール中毒者の症例は破局的に増加してしまったのです。

歴史は繰り返す

なぜゴルバチョフともあろうものが節酒法の成果を盲信してしまったのでしょうか?ズバリ「命ずることはなされることなり」という権力者の悪癖が身も心も支配していたからです。そしてゴルバチョフの過ちは、現代の日本でも繰り返されようとしています。

日本では聞かない日はない単語といえば「自粛要請」。自粛要請という名の命令。しかし繰り返される命令は完璧に聞き入れるわけではないようです。あろうことか命令する側の政治家も官僚も、外出を自粛できないし、飲酒を自粛できないし、不要不急のイベント参加(送別会等)も自粛できないのです。

命令する側の組織ですら完全に実行できない計画をマジメに国民に「要請する」という異常な精神性が、現代日本には蔓延っているようです。ソビエト連邦は「命ずることはなされることなり」を貫いたのですが、うまくいきませんでした。特に経済の面で。計画して命令しても実行されなかったのです。まるで今の日本はかつて世界2位の経済大国を誇っていたソビエト連邦のデジャブではないでしょうか?(そうでないことを祈ります)