物ブツ交換 ~ ジョージアのジャガイモ

物ブツ交換

松屋の『シュクメルリ』を食べたことがあるでしょうか?

2020年6月に実施された『第2回 松屋復刻メニュー総選挙』で1位に輝いた、「世界一にんにくをおいしく食べるための料理」と評されるジャガイモを煮込んだ料理のことです。駐日ジョージア臨時代理大使も松屋でシュクメルリが復刻することをTweetしたことでも話題になりましたね。

現代日本人の多くにとってシュクメルリといえばジョージア、ジョージアといえばシュクメルリですが、もっとジョージアという国を知ることのできるドキュメンタリー作品がありますので紹介したいと思います。

物ブツ交換

Netflixで公開している『物ブツ交換』の舞台は、東ヨーロッパのジョージア。辺境地をめぐり、日用品や古着を売り歩く商売人に密着したドキュメンタリー作品です。(予告動画は見つかりませんでしたので、興味のある方は直接Netflixで探してみてください。)

ジョージアの農村部では、いまだにジャガイモこそが通貨であり、貧困にあえぐ土地では野心や夢を追う余裕すらないことが23分ちょっとの作品内で説得的に描かれています。

現代日本人が『物ブツ交換』を観て驚くことは、物ブツ交換がいまだに成立していること以前に、商品の流通というものがいまだに未発達であるということではないでしょうか。

なにせたった一人の商売人が軽ワゴンのような車に都市部で購入した日用品や古着やらの商品ををのせて農村部にいき、そこで商品を「ジャガイモ」と交換し、そのジャガイモを都市部に持ち帰り換金して生計を立てるということが成立しているのですから。

ファーマーとペザント

「物ブツ交換」を観た日本人の多くは「ジャガイモ農家だから貧乏なのだ」と結論づけたくなるでしょう。たしかに技術的な側面において、ドキュメンタリーに登場する農家は先進的ではありません。しかし必ずしも技術だけの側面だけでそう結論づけるわけにもいかないのです。詳しく説明します。

農民を英語すると「ペザント」と「ファーマー」という2つの単語に出会います。ペザントは前近代的な農民であり、伝統的にその土地にしばりつけられている存在です。そこで働くペザントはいわゆる資本主義的な『労働者』ではありません。

その一方でファーマーとは一種の企業家です。農業をやっているというよりは「農業経営」をやっている存在です。地主から土地を借り、労働者を雇い、資本を投下して利益の最大化を狙います。資本の投下先が農業というだけであって、考え方は工業資本家と同じなのです。

そしてファーマーに雇われる労働者も労働の内容が農業というだけであって、その本質において工業労働者と何も変わるところがないのです。

膨大な商品の集積

マルクスは資本主義の富について、「資本論」の書き出してこのように表現しています。「資本制生産様式が支配的である社会の富は、膨大な商品の集積というかたちをとる。それゆえ、われわれの研究は、商品の分析からはじまる。」

なぜ商品の分析からはじめるのかといえば、近代経営の特色はそれによって著しく生産力が高まり、それによって「膨大な商品の集積」が生まれるからです。そして膨大な商品の集積が生まれるところでは、流通がとても発達します。

実はイギリスで運河網がとてつもなく発達したのも資本主義によって「膨大な商品の集積」が生まれて、それらをイギリス中に運ぶ必要があったからです。「膨大な商品の集積」がある場合、どうしても馬車では不十分なのです。

イギリスの産業革命というとどうしても「鉄道の発明」をイメージしてしまいますが、むしろ近代経営による「膨大な商品の集積」こそが鉄道の発明や産業革命を必要としたのです。

産業革命(技術の進歩)があったから「膨大な商品の集積」が誕生したのではなく、近代経営による生産性向上とそれに伴う「膨大な商品の集積」こそが産業革命を要請したのです。そう。歴史的な順序はまったく逆なのです。

方法論を大事にしよう

「お金持ちになりたい」という欲望をもっている人はたくさんいるのですが、そのほとんどが生涯「お金持ちになりたい」と願い続ける理由は、メンタリティーがファーマーというよりはペザントだからではないでしょうか。

もう何十年も昔のことですが、超能力の存在を科学的な方法論によって確かめようとした東京大学の教授が学会から追放されたことがありました。

追放された理由は「超能力を科学するなんて、科学の冒涜だ」というものでしたが、これはまったくのナンセンスです。なぜならば科学の本質は「方法論」にあるのであって、科学する「対象」にあるのではないからです。

なぜ超能力に言及したのかわかりますか?

お金持ちになるために多くの人は「何をするか?」(≒対象)に注意を向けがちであるということをいいたいのです。本当にお金持ちになるために必要なのは「何をするか?」ではなく、その方法論にあるのです。

キャッシュフロー

農民だから貧乏なのではない。エリートサラリーマンだからお金持ちなれるのではない。起業家だからお金持ちになれるのでもないのです。

「金持ち父さんシリーズ」で有名なロバート・キヨサキさんが監修した『キャッシュフロー』というボードゲームは、そのことを理解するのにうってつけです。

ボードゲームをプレイする前に「職業」を決めるのですが、その職業はサイコロを振って決めます。高収入の職業もあれば、それほど収入が高くない職業もあるのですが、最大のポイントは「職業ですべてが決まるわけではない」ということです。

もちろんボードゲーム上で資産家になることと、実社会で資産家になることの間には、大きな隔たりがあるのは確かです。実社会はボードゲームよりも複雑ですし、ボードゲームでは誰もが同じ条件から勝負がはじまるのに、実生活では初期条件が大きく異なるのがむしろ普通だからです。

しかし資産家になるために重要なことが「対象」(職業)というよりはむしろ「方法論」にあることは自覚するべきでしょう。もちろん資産家になることだけがすべてじゃありませんが、だからこそそのことを自覚した上で「資産家にならない」道を選べば、「将来の老後資金が・・・」などという漠然とした不安から解放されると思うのです。

貧乏を選ぶことが悪いのでもなく、資本家になるのを選ぶのが悪いのでもなく、自分が何をしているのかわかっていないという『無自覚』こそが罪なのです。