コロナ療養所の食事がヤバイ!

コロナ感染者の療養所(大阪)で提供されている食事がひどいと話題になっています。

参考 大阪のコロナ療養者から食事の苦情続出「国は一食1500円を支給も、安っぽいカツカレーやパンばかり」 AERA dot. (アエラドット)

コロナで苦しい療養者にカツカレーが提供されたり、容器が変形した健康に悪そうな弁当など・・・・・国が1食1,5000円も支出しているとは思えないクオリティーに衝撃が広がっています。

留置所・拘置所・刑務所でももっと美味しそうなご飯が提供されることを根拠に「コロナ感染者は犯罪者以下の待遇を受けている」と考えてしまうのも不思議ではないと思いますが、笑えないのは「自分も犯罪者以下の待遇をされるかもしれない」という可能性があるからです。

1,500円はどこに消えた?

国が支出した予算が末端にいくにつれて消えていくのは、今に始まったことではありません。東日本大震災のときは・・・除染作業員が受け取るべきお金がピンハネされているのではないか?という疑惑が噴出しましたし、コロナ禍では・・・持続化給付金やオリンピックでも「現場で仕事をしていない人間に大金が支払われる」という状況が発生しました。

これはオカシイ・・・・・という状況があちらこちらで発生しているのに、「いまさらやめられない」のが日本社会というものです。歴史を振り返れば戦争もそうでしたし、戦後の金融犯罪や薬害エイズ問題の根も同じところにあります。

コロナ感染者に貧相な食事を提供する前に、きっと誰か一人ぐらいは「これはオカシイよ。」と疑問を感じたかもしれませんが、それでも結果が変わらない理由は人間的な感情の働きを失わせる社会そのものにあるのです。

毎年数多くの学生が社会人になると、仕事で「これはオカシイ」と思うことに直面しているのですが、時間が経過するにつれて「これはオカシイ」と思っていたことが当たり前のことになり、「これはオカシイ」と声を上げれば「仕事が奪われるかもしれないから黙って仕事をしよう」と判断するに至るのです。

腹をくくるしかない

「これはオカシイ」と思うことがあれば、誰かが気づいて改善してくれるはず・・・・と素朴に信じることはできません。「これはオカシイ」と思うことが『新たな日常』になりつつあるからです。

政治家は『自己責任』を押しつけますが、そもそもわたしたちに選択権はないのです。コロナ禍において、政府は飲食店などに営業自粛要請を出しました。要請とはいいますが実質的な命令です。しかし命令しておきながら、大した保証もせずに「自己責任論」を押しつけるのです。

日本の政治家や国民がある日突然目覚めて、本当にみんなのために活動するようになることがまったく期待できない以上、自分が目覚めるしかありません。しかし「具体的に何をしたらいいのか?」とわからない人も多いのではないでしょうか?

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