DAU.ナターシャ ~ ソ連全体主義を生きる体験

オーディション人数約10万人、衣装1万着、欧州最大のセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、制作年数15年という異次元ともいえる壮大なスケールな映画を紹介します。

予告動画)DAU.ナターシャ

苦痛・金返せ

スターリン体制下の「ソ連全体主義」の社会を完全再現した映画であり「面白そう」と感じて実際に映画を鑑賞した人も多いようなのですが、残念ながら評判はとても悪いです。

口コミをみると「この映画は、人を選ぶ。 そして、私は選ばれなかった。」、「映画館で見た。酷い。あまりにひどくて、途中で出てきた。」、「ナターシャという食堂のおばさんが、食堂の若い同僚と酒を飲むだけの映画。」と散々な評価です。

わたしは映画館でDAU.ナターシャを鑑賞しましたが、この映画が低評価の嵐になってしまうのもうなづけます。スターリン体制下のソ連についてのある程度の前提知識がないと本当に「ナターシャという食堂のおばさんが、食堂の若い同僚と酒を飲むだけの映画」に見えてしまうのです。

ベルリン映画祭で芸術貢献賞まで受賞した作品が酷評され続けるのは個人的には残念なことだと思いますので、映画「DAU.ナターシャ」を鑑賞する上で前提となる必要最低限の知識について解説しておきたいと思います。

威信・権力>>>富

山崎豊子さんの有名な小説「白い巨塔」のなかで、大阪の開業医である義父は、娘婿の財前五郎に対し、「カネはしょせん金にすぎん。」と言い放ちます。要するにお金持ちだからこそ「お金よりも重要なことがある」ことを実感しているのであり、だからこそ娘婿を『教授』にするためにお金を惜しまないのです。

またフジテレビ開局55年記念ドラマ「お家さん」では、鈴木商店の実質的な支配者「金子直吉」が登場しますが、彼は権力欲の塊だったといわれています。金子直吉は手にした権力を絶対に手放そうとはしなかったそうです。

お金よりも重要なものとはなんでしょうか?それは「威信」や「権力」といったものです。お金があっても尊敬される(威信)とは限らないし、他人が自分の命令を聞いてくれる(権力)とも限らないのです。

日本では威信や権力がなくても富(お金)があればそれなりに不自由なく生きることができますが、スターリン体制下のソ連では事情は全く異なります。お金よりも威信や権力といったもののほうが、けた違いに重要なのなのです。

エリート層とそれ以外

ここまでいうと、たくさんの人が「ソ連には階級がないのでは?みんな平等なんでしょ?」と疑問に思うかもしれません。しかしそのような知識は幻想です。たしかに資本家対労働者といった意味での階級対立はソ連にはありませんでした。しかし資本対労働者という構図そのものが資本主義のなかしか通用しないモノサシなのであって、ソ連にも特権階級とそれ以外を区別する階層は明確に存在していたのです。

特権階級に頂点にいるのは『エリート層』です。共産党、政府、軍などのトップがエリート層に入ります。そのほか、共産党好みのインテリや芸術家、スポーツ選手も上流階級としてエリート層に属しています。

ではエリート層とそれ以外とでは何が違うのでしょうか?ズバリ、「エリート層はお金など使わなくても贅沢な暮らしができた」のです。裏を返せば、お金などいくらたくさんもっていても、あまり意味はないのです。

なぜならばお金をもっていても物を買えるとは限らないからです。「共産党貴族の店」などと俗にいわれる店があって、そこではコニャックでもキャビアでも何でもあるのですが、そこで買い物できるのは特権階級だけなのです。

その一方でソ連の一般大衆は、品物が欲しくてもすぐに手に入れることができません。お金を握りしめたまま、何時間の店の前の行列に並ばなければならないのです。ですから行列に割り込むのは泥棒みたいなもので、行列を見つければ何を売っているかわからなくても並ぶのが庶民の行動パターンだったのです。

ナターシャは料亭の女将

エリート層とそれ以外の生活格差のことを知っていれば、映画「DAU.ナターシャ」に登場する主人公のナターシャが「食堂のおばさん」でないことがわかるはずです。ナターシャのお店を利用できるのは特権階級の属する軍のなかでもさらにエリートの科学者たちなのですから。

いわばナターシャは、日本でいうところの財務省や政治家がよく利用する高級料亭の女将といったほうがイメージに近いでしょう。ナターシャは、庶民には一生手が出ないようなキャビアやコニャックといった食料品を盗んでは毎日どんちゃん騒ぎをして贅沢に暮らしています。

ナターシャはあきらかに一般庶民よりも恵まれた存在です。しかし恵まれているにも関わらず、ナターシャは幸せを実感することができないのです。ナターシャは愛や酒に溺れる自堕落なプライベートを送っているのです。

恵まれているにも関わらず、ナターシャが幸せを実感できないのはなぜなのでしょうか?そこにソビエト連邦が崩壊した病理があるのです。ソ連全体主義のなかで暮らす空気感を、是非とも映画を鑑賞しながら実感してみてください。きっといい体験になるはずです。