エル ELLE ~ 男はクズばかりであることを実感する体験

あなたは大切な人のスマートフォンをこっそりのぞいたことがあるでしょうか?

スマートフォンや財布のなかには秘密がいっぱいです。パソコンやスマートフォンの閲覧履歴を調査すれば、利用者の行動や興味についてもわかってしまうことは、巨大SNS企業が証明したことでもあります。

参考 グレート・ハック ~ 「情報」に「石油」よりも価値がある理由アタマみがき

「誰にも秘密はある」というのは、エリ・コーエン(イスラエルの有名スパイ)の言葉でもあるわけですが、問題となるのは「秘密を知ってしまった時にどうするか?」です。

参考 ザ・スパイ -エリ・コーエン-アタマみがき

もし他人にキモイ趣味があったり、危ない思想をもっていたり、あなたを裏切る行動をしていたら、、、、、あなたはその人との関係をどのように見直すでしょうか?そのままの関係をキープしますか?それとも距離をとるでしょうか?もしくは別れを選ぶでしょうか?

今回紹介するのはそのようなことを考えるのにピッタリの作品です。

予告動画)エル ELLE

ルールがあるから競える?

この記事を書いている真っ最中にたまたま『エル ELLE』を読み解くうえでとてもいい補助線になるCMを発見しました。

「ボートレーサーになりたい」シリーズの2021年第三弾のCMは、「ルールを守れないやつとは一緒に走れない」、「信頼し合えるから競え合えるんだ」というメッセージをわたしたちに投げかけます。

そう。定住社会を営むわたしたちにはルール(法律)が必要です。法律を守らなければ社会の中でうまくやっていくことなどできないでしょう。しかしそのようなことを信じて生活するうちに、わたしたちは「法律が絶対」であり「法律がすべて」であると勘違いするようになってしまったのです。

「法律は絶対」でもなければ「法律はすべて」でもありません。歴史を振り返れば、大規模定住社会を営む前の人類はそのことを知っていました。法律はあくまでも「所有」についてのルールをハッキリさせるものであり、愛や幸福や正義とは一切関係のないことを。ルール(法律)がある以前に、愛も幸福も正義もあったのです。

危ないやつ

『エル ELLE』の主人公ミシェル(演:イザベル・ユペール)は、過去の壮絶な経験からそのことを感覚的に知っています。父親が引き起こした犯罪のせいで、社会の中で成功しながらも同時に「被差別民」(定住化を拒んだ人たち)のごとく生きているのです。

だから周囲の人たちからするとミシェルは「危ない」存在です。例えば同僚の旦那と浮気しているのに、何食わぬ顔をしてすっとぼけることができます。なぜ何食わぬ顔をできるのかといえば、ミッシェルはルール(法律)を守れば幸せになれるなどと一切考えていないからです。

被差別民には所有の概念がありません。だから「他人が使っていたもの」であっても「今あなたが使っていないならわたしが使ってもいいじゃない?」という感覚をもっています。社会のなかで被差別民のように生きているミシェルも同じ感覚をもっているのでしょう。だからルール(法律)上は親友の旦那は親友のものであっても、「今使ってないならわたしが使ってもいいじゃない?」という発想になってしまうのです。

ある程度ルールを守りながらもルールに固執しないミシェルは異常でしょうか?それともルールを守らなければ愛も幸福も正義も達成されないと信じるミッシェルの周囲の人間たちのほうが異常でしょうか?

ミシェルの判断基準

ミシェルは自分が好きな人には優しくするのに、自分が嫌いな人にはあたりが厳しいのです。ミシェルの好みは「あくまでも個人的なもの」という印象を受けるかもしれませんが、実はミシェルが「心を許す人」と「心を許さない人」の間には、客観的で明確な基準があります。

そう。ルール(法律)を守れば幸せになれると信じている人は「心を許さない人」枠に入り、ルール(法律)以前の『仲間感覚』をかろうじて覚えている人や実践している人は「心を許す人」枠に入るのです。

そのようなことを考えながら映画「エル ELLE」を鑑賞すれば、エキセントリックにしか見えなかったミシェルを身近に感じることができるはずです。