帰ってきたヒトラー ~ 空気を読まないやつは除外する作法

ヒトラー

ヒトラーの最後を描いた作品を以前紹介したことがありますが、今回紹介する映画はその続編のような作品です。

予告動画)帰ってきたヒトラー

ヒトラーの最後

ヒトラーはゲッベルス((第3代宣伝全国指導者)を後継者に指名したのち、自らは防空壕のなかで命を絶ちました。しかし自ら命を絶ったはずのヒトラーが現代に復活したらどうなるか???を描いているのが今回紹介した『帰ってきたヒトラー』のストーリーです。

ブラックユーモアたっぷりのこの作品は『とても面白い』のですが、その反面「全然わらえない」作品でもあります。どういうことでしょうか?

ゲッペルスの作法

ゲッベルスはナチスのプロパガンダを積極的に広め、ナチ党の勢力拡大に貢献した人物ですが、ヒトラーに反対する言論を徹底的に封殺した人物として知られています。

そして今回紹介した作品『帰ってきたヒトラー』においても、現代のゲッベルスさながらの役割を担う人物も登場するわけが、ブラックユーモアとして描かれている映画のなかの設定よりも、現代日本の言論空間のほうがもっと徹底しているのですから笑えません。

『帰ってきたヒトラー』の世界では、視聴率がほしいある一つの放送局が暴走するという設定になっていますが、日本では「メディアスクラム」という言葉が象徴するように、反対言論を封殺するためであればメディアが一致団結するのです。

もし現代にゲッベルス宣伝大臣が生きていたら間違いなく「どうしたらこれほどの統制のとれた報道ができるのか?」と驚きのあまり言葉を失うに違いありません。では反対言論を封殺するそのやり方とはどのようなものなのでしょうか?

反対するものはパージ

反対言論を封殺するそのやり方は「パージ」(一掃、抹消、追放)です。日本では合理的な議論を経て政策が決まるとは限りません。反対派を「パージ」することによって方向性が決まるのです。

例えば原発問題。六ケ所村(青森県)に建設中の使用済み核燃料の再処理工場をめぐって、経産省内部でバトルがありました。再処理コストを試算したらそのコストが膨大になるとのことで、反対派が優勢だったのに、経産省人事で反対派が一掃されたのです。その後、原子力ムラ内部において「政策合理性」についての議論はタブーになったそうな。

合理性で方向性を判断しているのでないとすれば、何で判断しているのか?答えは「空気」です。東京裁判でも大川周明を除くA級戦犯の全員が証言しています。「空気には抗えなかった」と。

そしてかつて原子力ムラに身を置いていた飯田哲也さん(環境エネルギー政策研究所 所長)が証言するように、原子力ムラにも「今さらやめられない」、「空気に抗えない」という雰囲気が蔓延し、合理性を無視して行動し続けているのです。

物言えば唇寒し

なぜ?かつての日本陸軍・原子力ムラの外部にいる人間からすれば、「なぜ?やめられないのか?」と不思議で首をかしげるような状態が続くのでしょうか?ひらたくいえば「いろいろとかみ合っているから」です。

電力会社は日本全国あらゆる地域の新聞社や放送局やメディアを含む有力企業の大株主です。だからどこでも地域経済団体や地域審議会のボスは電力会社です。交響楽団などの文化事業にも出資しています。

政治家も電力会社に逆らうのは難しい。現行の小選挙区制において、自民党議員は地域経済団体(電力会社がボス)の支援抜き当選できるのか?民主党の国会議員は電力総連や電機労連などの労働組合の支援抜きで当選できるのか?と考えてみれば思い半ばにすぎるでしょう。

まさに「物言えば唇寒し」を実現させる全体の利権という名の鎖が、政治家・大企業・官僚・学会・メディアを縛っているのです。もちろん「2021年東京オリンピック」もそうなのでしょう。「今さらやめられない」のです。