ファイトクラブ ~ 資本主義者への逆洗脳

ファイトクラブ

公開された当時あまり宣伝されなかったにも関わらず、現在でもカルト的な人気を誇る映画を紹介します。

予告動画)ファイトクラブ

古典派資本主義思想

「古典派」といわれる経済学者の立場では、政治は「そこそこ」を目指すべきものであり、「そこそこ以上」の幸福は経済が達成するべきものだと考えられています。だからこそ幸せになるためには「モノを買う」必要があり、モノを買うためには「お金が必要」になるという結論に至るわけです。

しかしお金を手に入れるためには「あらゆる犠牲」が必要になるのも事実です。そして「そこそこ以上の幸せ」(メリット)が「あらゆる犠牲」(コスト)を上回ると感じられたとき、多くの人は「わたしは何をやっているのだろう?」と疑問に思ってしまうのです。

とはいえ「わたしは何をやっているのだろう?」と疑問に思ったところで立ち止まるわけにはいきません。立ち止まれば居場所を失うリスクがありますし、「犠牲を払ってまでお金がほしいわけではない」などと声をあげたところで『負け犬』のレッテルを貼られるだけだからです。

マルクスは資本主義が崩壊することを予想しました。しかしマルクスの予想は外れました。マルクスが予想していなかったことは、自分自身の発言の影響力だったのです。そう。マルクスの主張がいわばワクチンとなって資本主義の進化をうながしたのです。

進化した資本主義は勢いを失うどころかますます強力になっています。いまでは世界の超富裕層何十人かが、世界の富の半分を所有しているのだそうです。

お金持ちの誤算

あなたは超富裕層に憧れるかもしれません。しかし超富裕層になったところで自由にお金が使えるわけではないのです。AmazonやFacebookの創業者の資産額は天文学的数字のようにも思えますが、彼らがもっている資産のほとんどはAmazonやFacebookの資産であり、本当にお金に換えようと思ったら株式を手放すしかありません。

しかしCEOが株式を大量に売却すれば一気に株価は下落します。つまりAmazonやFacebookの会社経営という視点でみれば、結局彼らは株式を売れないのです。もちろん彼らが一般人よりもお金持ちであることには疑いも余地はありませんが、お金をどれだけ稼いでも自由には生きられないのです。

仕事があってそこそこ豊かな生活を手に入れているはずの主人公(演:エドワード・ノートン)が直面したのはまさにそういう状況だったわけです。主人公はどうやって袋小路から抜け出したのでしょうか?その答えを知りたい方は、是非とも『ファイトクラブ』を鑑賞してみてください。