永遠なる昨日的なもの ~ ぎちょー!のぞみまーす!

国会の議事進行係が大声で「ぎちょーーー!!」と発言する慣習は、国会の風物詩になっています。

ぎちょー!

過去には自民党の岸田文雄前政調会長(63)、野田聖子幹事長代行(60)らも経験しており、呼び方には森(喜朗)派や、古賀流なる流派もあるとのこと。

議事進行係に選ばれることは、大物政治家への登竜門になっているらしく、毎回誰がその役割を果たすのかが注目されています。

明治時代の1894年から続いているこの慣習については、「日本の大事な伝統なのだから残すべき」とか、「マイクのある時代に叫ぶ必要なんかないからやめるべき」など、いろんな意見がありますが、みなさんはどう思うでしょうか?

伝統主義とは?

わたしの頭に浮かんだのは、「伝統主義」という言葉でした。多くの人は伝統主義といえば、「伝統を大切にすることだ」という意味だと認識しているでしょう??でも実はそうではないのです。

伝統主義というのは、テクニカルターム(専門用語)です。繰り返しになりますが、「伝統主義」というのは、繰り返しになりますが伝統を重んずるという意味ではありません。

そもそも伝統がない社会なんかあり得ません。価値観の違いを理由にして離婚する夫婦も多いけれど、そもそも価値観の違いが全くないような夫婦がいないように、伝統がない社会も、伝統を重んじない社会もありません。

では伝統主義とは??

偉大なドイツの政治学者・社会学者・経済学者のマックス・ヴェーバーは、ゲーテの「永遠なる女性的なもの」をもじって、「永遠なる昨日的なもの」(das ewig Gestrige)と表現しました。

「永遠なる昨日的なもの」について、日本のマックス・ヴェーバー研究の第一人者である故・大塚久雄東京大学教授は、こんな風に説明してます。

先祖や父母たちがやってきた、そして、自分たちも今までずっとやってきた、そういうことがらを、過去にやった、あるいは過去に行われたという、ただそのことだけで、将来における自分たちの行動の基準にしようとする倫理、あるいはエートスです。

【出典:社会科学における人間

 

伝統主義の呪縛

元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏は、「『もうこんなやり方やめましょうよ』って、だ~れも言えないのかと思いますよ。」とコメントしました。(2021年2月1日、フジテレビ系「Live News イット!」にて。)

その通り。しかしそれでもやめられないのが伝統主義なるものなのです。「ぎちょーー!!」と叫んでいる国会議員をみた子どもたちは、「この人たちは、コロナ禍で世の中大変になっているなか、何をやっているんだ?」と疑問に思うことでしょう。

しかし残念ながら、今の日本がこのまま続くなら、きっと・・・今の子どもたちの世代の国会議員も「ぎちょーー!!」と叫んでいるに違いありません。

マックスウェーバーは、伝統主義が蔓延していた中世という時代があったけれど、伝統主義をうち破った末に近代社会が成立したことを明らかにしています。そしてその役割を担うのが「政治家」であるといもいっています。

残念ながら日本の政治家は、伝統主義をうち破れそうにありません。しかしマックスウェーバーのいっている「政治家」は、職業としての政治家というよりは、伝統主義をうち破る人のことをいっています。

あなたは「永遠なる昨日的なもの」に縛られていないでしょうか?

もし「このままの生活を続けていてもジリ貧」という気持ちがあるなら・・・・あなたも「永遠なる昨日的なもの」とはオサラバしましょう。今すぐに。