議事録作成

「すぐ近くに新しいマンションができるので説明会に参加してくれない?」と不動産のオーナーから声をかけられて「説明会」に参加したことがあったのですが、参加した意味はほとんどありませんでした。

開発する側としては行政側のルールで「説明会を開催しなければならない」というルールがあるのでそうしているだけで、説明会のなかで住民側の意見を聞く気は先方にはまったくなかったのです。実は自民党の政治も構造はまったく同じです。

アリバイ作り

国会で野党と話し合うのはただのアリバイ作りであって、法案の中身は「自民党内部」で既に決まってます。しかも自民党議員であっても、自民党内部の検討会で自らの意見を表明することはできても、中身の部分に立ち入ることはできません。

「情報公開」というのは、民主主義を運営する上での必須事項です。政治は手を汚す仕事なので、クリーンな政治をもとめるのは無理であっても、事後検証はしなければいけないというのが基本的な考え方です。

つまり政治家は手を汚す仕事ではあるけれど、その手の汚し方が適切であったか確認するのが情報公開の役割です。そうすることで政治家の心の中にも「今は自分の悪事がバレなくても、情報公開によって10年後、20年後には自分のやったことが白日の下にさらされる」という意識がブレーキとして働くのです。そう。「お天道様は見ている」のです。

しかし残念ながらコロナ禍における専門家会議の議事録が残っていないことが判明しました。

参考 コロナ専門家会議、議事録作らず 歴史的事態検証の妨げに 東京新聞

とはいえ(詳細な)議事録をつくらないなんてことは、昔からやっていたことです。議事録をつくらないいいわけは「緊急事態だったから」とか「議事録を作成するほどの会議ではなかった」とかいろいろあるでしょうが、民主主義への冒涜といってもいいでしょう。さて、ここからが本題です。

あなたの議事録は?

あなたは議事録を書いているでしょうか?あなたが今やっていることは、過去にどのようなことを考えたからなのでしょうか?

人は自分でも気づかないうちに自分の記憶を改ざんします。自分が下した決断の結果としてもたらされた責任を回避し、自分を正当化するためです。それを防ぐためにわたしも「日記」を書いています。

しかし日記を「過去を記録するツール」としてだけ用いるのはもったいないです。「未来を記録するツール」として利用するのが賢いやり方です。

過去を記録するツールとして利用する場合、今日何か失敗した時に日記に書くことは「反省点」とか「次に同じような状況になったらどうするべきか?」ということでしょう。

その一方で未来を記録するツールとして利用する場合、今日何か失敗した時に日記に書くことは「この失敗をしてよかったと思えるような未来は何か?」です。

日記を過去を記録するツールとして認識している人は「過去から現在・未来をみる」のですが、日記を未来を記録するツールと認識している人は「未来から過去・現在をみる」のです。

大前研一(経営コンサルタント・教育家)は、「起業したいなら1年後までの日記を全部かけ」といいました。サラリーマンなら「今週、来週何をするか?」とういことに臨場感をもつぐらいでも許されるが、起業家なら1年後の未来にまで臨場感をもて!!・・・・ということのようです。

自分が望む未来をつかめるのは、その未来に強い臨場感をもてる人だけです。あなたは自分が実現したいと考えている未来にどれくらいの臨場感をもっていますか?

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