声を出さないで遊ぶ公園

声を出さないで遊ぶ公園

ある女性が5歳の子どもを連れて公演を遊んでいると、警官がやってきて申し訳なさそうに「注意書きをみてください。」と伝えてきたそうです。

そこには「花火をすることはできません」「危険な遊びはやめましょう」などに加え、「声を出さずに遊びましょう」との一文があったそうです。

参考 「声を出さないで遊びましょう」 衝撃的な公園の注意書きはなぜ?デイリー

わたしたちはルールを守れば幸せになれるのでしょうか?

ルールを守れば幸せになれる?

何か問題があると「ルールの導入が必要だ!」と騒ぐ人が年々増加していることにより、わたしたちはたくさんのルールに縛られているようになっています。もちろん社会に「ある程度」のルールは必要です。とはいえそれらのルールを守っていたら幸せになれるのでしょうか?

問題が発生する⇒ルールを追加する⇒また問題が発生する⇒ルールを追加するというスパイラルをあと何回繰り返せば、わたしたちは幸せになれるのでしょうか?ルールを追加し続けることに熱心すぎる人は、何を見落としているのでしょうか?

理想と実現可能性

ルールの導入に熱心な人は「理想の社会というものがある。しかし理想の実現を阻むものがある。だから問題を排除すれば理想は実現する。」という三段論法を信じているのでしょう。たしかにルールを追加すれば仕事をした気になって達成感を感じることもできるでしょう。しかし残念ながら現実はそんなに単純ではないのです。

そもそも『理想の社会』について社会的な合意を得ることはそれほど簡単なものではありませんし、「理想の社会」というものが仮にあったとしてもそれを実現できるかどうかはまた別の話なのです。

そのことを無視して「ルールの追加」にこだわると頑張れば頑張るほど不安に囚われるようになります。なぜならば頑張ってもそれで結果がでる保証はないし、結果がでなければさらにルールを追加し、またそのルールに心も体も縛られるようになるからです。くれぐれも「ルールを導入すれば問題はすべて解消できる」というように単純に考えるべきではないのです。