子供の教育上、『お前』はよくない

お前

中日・与田剛監督(53)が2019年7月2日、公式応援団が1日に応援歌「サウスポー」の自粛を発表しました。サウスポーには「お前」という歌詞があり、監督はこの「お前」の部分を「名前にしてほしい。」と要望したのです。

与田監督の見解では「子供の教育上、『お前』というのはよくないと思う」ということなのですが、あなたはこの問題どう思いますか?

参考 中日応援歌自粛問題で与田監督、「お前」を「名前」に要請が発端SANSPO

言葉の自動機械

「言葉の自動機械」とは、社会学者宮台真司さんの言葉ですが、まさにこの問題を語るのにぴったりの言葉だと思いました。

人間は、言葉というよりはむしろ「文脈」(状況)でその言葉の意味を認識しています。

例えば、男の上司が女の上司に「バカ」と発言したら「パワハラ」になるかもしれませんが、付き合いたての恋人のコミュニケーションにおいて女性が男性に「バカ」と発言したら、また別の意味を感じ取るはずです。

文脈によって意味の違いを理解するのが『人間』であり、それが人間らしさにもつながっていくのですが、残念ながら、、、、、、、、

言葉を状況から切り離して、言葉だけでその意味を考えるロボットのような人間があふれているよね。。。。ということを宮台真司さんは長年指摘しているのです。

中日ファンのYouTuberさんは(応援歌のなかにある「お前」という言葉を侮辱の意味でとらえるほど)人間バカじゃない。ということを主張していらっしゃいます↓が、わたしもそう思います。

もしわたしが本当の中日ファンなら、球団と監督を無視してサウスポーを謳います。誰かに『ダメ』といわれて、自粛できる応援歌なんて、、応援歌じゃないっしょ????

実はこの問題の病理は根深く、もっと話したいことがたくさんあるのですが、長くなりすぎるので別の機会にとっておきます。少なくとも「誰かにやめなさい・・・」といわれて、「はい。やめます。」とロボットのように反応する『ロボット人間』こそが真っ先にAI技術に仕事もプライベートも奪われていくでしょう。

自分をAI技術に代替可能な人材にすることのないように。人間らしく生きましょう。人間らしく生きることが人類の歴史上、もしかしたらもっとも難しい時代かもしれませんが、、、、、、それでも「人間らしい生活」を望むなら、あくまでも人間らしさを失わないことです。