リヴァイアサン ~ 絶対主義の恐ろしさ

Leviathan

リヴァイアサンとは旧約聖書に出てくるオスの怪獣の名前でありますが、トマス・ホッブズの著書のタイトルでも知られています。トマス・ホッブスはなぜタイトルに怪獣の名前をつけたのでしょうか?

予告動画)リヴァイアサン

お上とリヴァイアサン

近代主権国家は怪獣のように恐ろしいものです。何しろ近代国家には軍隊や警察という暴力装置があります。国民から財産を奪うこともできるし、徴兵することだって可能です。

だから近代西洋文明は、罪刑法定主義やデュー・プロセスの原則などを発明し、近代主権国家を法律や制度でがんじがらめにして、さらにその上に憲法という太い鎖をかけることにしたのです。

日本では国家権力を「お上」と呼ぶことからもわかるように、国家というものがそもそも「善」であるというような前提を置いていますが、近代西洋文明(欧米)では日本とは真逆の国家観をもっていることは覚えておかないと永遠に近代を理解することはできないでしょう。

絶対主義

近代主権国家のもっとも恐ろしい点は、「どんなことをやってもそれが正統化される」という点にあります。これが「絶対主義」というものであり、絶対主義は近代になってはじめて成立したものです。

古代、中世における専制君主制のほうが恐ろしいのでは?と疑問をもった人もいるかもしれませんが、専制君主は一見どれほど強大な権力を手中に収めようと、あくまでも伝統主義を前提にした上での権力であり、「どんなことをやってもそれが正当化される」というわけではなかったのです。

専制君主といえど、過去の伝統をぶち壊してその上に新しいものを創造することは許されていなかったし、専制君主自身も自分にそんなことができるという発想すらなかったでしょう。

しかし近代における絶対主義は、「どんなことをやってもそれが正統化される」という類のものであり、だからこそ『立法』が可能になったのです。(古代や中世における法とは、発見するべきものであって人間がつくるものではなかった。)

日本の絶対主義

デジタル改革担当の平井大臣の 『デジタル庁は、死んでもNECに発注しない』という肉声を朝日新聞がスクープしましたが、本当にそれをやる力があるのが国家権力というものなのです。そして田崎史郎は「何が問題かずっと考えて、まだよく分からない」(2021年6月14日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」)と発言。

政府がNECに発注した開発の一部があとになっていならなくなったので、その分のお金は払わん・・・という契約をほとんどまったく無視したような言い分が勝つというところに恐ろしさがあるのです。そう。近代国家において「どんなことをやってもそれが正統化される」のです。

国民の約半分が反対しているオリンピックを開催する権力があるし、アルコール提供した飲食店に罰則金の支払いを命じる一方で、飲食店への給付金は支払わないというメチャクチャも正統化できるのが近代主権国家の権力というものなのです。そして次の標的はあなたかもしれないのです。