マルクス・エンゲルス ~ 宗教であり科学でもあるマルキシズム

Karl Marx

日本でも経済学いえば「マルクス経済学」(略:マル経)という時代がありました。しかしソビエト帝国が崩壊し、冷戦が終結してからというもの「マルクス」の名前を出す人はほとんど相手にされなくなりました。

しかし唯一生き残った『資本主義』に対しても、「このままで資本主義は生き残れるのだろうか?」という疑念があり、ロバート・ライシュなどは「資本主義の救済」を唱えたわけですが、日本でも「マルクス理論」が再注目されています。

例えば『人新世の「資本論」』という斎藤幸平(さいとうこうへい)さん著書の一冊が2021年の新書大賞を受賞しました。『マルクス』、『環境問題』という「それは売れないんじゃ?」と思われてしまうようなテーマを取り扱っているにも関わらず、異例の大ヒットを更新中です。

「マジメに働いても救われない」という気持ちを抱える人ほど『マルクス』に興味をもつかもしれません。例えば以前紹介したケン・ローチ監督の作品、『家族を想うとき』を観て心を動かされる人は特にそうでしょう。

しかし『マルクス理論』はとても難解であることでも有名です。「マルクス自身もマルクス理論を理解していないのではないか?」という疑念があるほどに難解です。そこでマルクスに親しみをもってもらうために、マルクスとその友人であるフリードリヒ・エンゲルスの若年期を描いた作品を紹介します。

予告動画)マルクス・エンゲルス

宗教であり科学でもある

在野の天才といわれた故・小室直樹先生は、「日本のマルキストでマルクス科学理論を理解する者なし。いるなら出てこい。」と断言しました。なぜマルキシズムは難しいのでしょうか?それはマルキシズムは宗教であり科学でもあるからです。

まずは科学の側面から。マルクスの科学的経済理論の根本は『労働価値説』です。労働価値説をベースにして搾取論を導き、産業予備軍説から労働者貧困論、すすんで、個別資本と全体資本との矛盾。最終的には資本主義没落論への展開を理解しなければいけません。

もうこの時点で、マルクス研究者以外はお手上げでしょうし、この記事の中で詳しく解説する気もないですし、それができる自信もありません。そこで今回は「宗教」の側面からマルキシズムについて解説しておこうと思います。

マルキシズムとユダヤ教

さきほど紹介した故・小室直樹先生は、マルキシズムとユダヤ教の類似点について指摘しました。ユダヤ教とはどのような宗教だったのか?

ユダヤ教の論理と、マルクスの歴史観についての類似性は、以前このブログで「メシア」というドラマについて紹介するなかで説明しましたので、そちらを参考にしてほしいのですがあらためて解説しておきましょう。

ユダヤ教というのは、賤民(せんみん:制度上、最下層の身分に定められた人民、奴隷)であるのが原則であったユダヤ人を救ってくれる宗教でした。同様に、マルキシズムも無産階級者(プロレタリアート:賃金労働者階級のこと)の救済という宗教的な側面があるのです。マルキシズムの論理はこうです。

階級闘争の歴史

マルクスは世界史を階級闘争の歴史といいました。資本主義社会においては、資本家階級と労働者階級が対立しているというのです。

具体的には資本家階級は支配者階級であり、労働者階級から剰余価値を搾取するだけでなく、また権力をも独占。その一方で労働者階級は、生産手段を私有せず、自己の労働力しか売るべきものをもたず、社会から疎外された存在であると主張しました。

ユダヤ教における賤民階級と、マルクスのいう労働者階級を重ねて理解するとわかりやすいのではないでしょうか。

そしてマルクスは、労働者階級が社会の主人公になって、労働者の独裁を可能にするために、資本主義とはまったく別の法則が作動するような社会に社会全体をつくりかえなければならないと主張。まさにこれはユダヤ教における「契約の更改」そのものです。

そしてユダヤ教において「神との契約を守っているかチェックするお役目」として『預言者』がいるように、マルクス・レーニン主義を標榜するソビエト帝国においてもレーニンやスターリンといった『指導者』が必要とされる・・・というわけなのです。

あなたは何をする?

ユダヤ教徒には「預言者」がいて、守るべき戒律もあります。マルキシズムにも「指導者」がいて達成すべき目標(例:五か年計画)もあります。預言者や指導者がいれば自分の頭で何かを考える必要性はありませんし、むしろ自分の頭で考えることは良しとされないでしょう。

昭和の時代、戦争に負けるまでは日本には「天皇」がいました。戦後の日本は今では考えられないほど貧乏だったので「勉強していい大学に入ってガムシャラに働いて」的な考え方が良しとされていた時代がありました。しかしそういう考え方が全肯定される時代は終わりました。

「自分は誰のために何をするか?」ということを自分の頭で考えなければ心の平穏が手に入らないキビシイ時代に、あなたは何を考え何をするでしょうか?