ミナリ ~ 映画版「The Good News Bible」

ミナリ

第93回(2021年)アカデミー賞の6部門にノミネートされている『ミナリ』を鑑賞しました。結論からいうと傑作でした。個人的にはアカデミー作品賞の最有力候補とされている『ノマドランド』を超える作品だと思います。朝8時15分から新宿の映画館(TOHOシネマズ)で鑑賞した甲斐があったというものです。

なかなか人生うまくいかない・・・」ともがいている人には特に鑑賞してほしい作品です。しかしミナリで描かれているものを日本人のほとんどの観客は見逃してしまうだろうと思いました。なぜならばミナリという作品は、韓国人やキリスト教についての教養がないと理解できない部分が多いのに、日本人は韓国人やキリスト教についてほとんど何も知らないからです。

そこでミナリを理解する上で不可欠となる韓国人とキリスト教の知識について、わかりやすく解説しておきたいと思います。

予告動画)ミナリ

韓国と日本の違い

韓国人と日本人は人種的にはとても近いです。言葉の文法構造も、米を炊き主食とすることも(コメの炊き方も)、床にじかに座ることなど同じ風習も多いのです。しかし日本と韓国では「親族構造」と「宗教」がまるで異なるのです。

特にミナリを理解する上では「宗教」について理解することがとても重要です。日本には宗教はありません。キリスト教徒であっても、他の日本人と同様に行動することがほとんどです。

その一方で韓国は高度の宗教国家であり、儒教が社会のすみずみに網をはぐらせているという状況ながら実はキリスト教徒も多いのです。米調査機関、ピュー・リサーチ・センターによれば、2010年における韓国のキリスト教徒の割合は29パーセントに達し、仏教を凌駕しているのだそうです。

儒教的な韓国人と、キリスト教徒の韓国人は仲良くできるでしょうか?

答えはノーです。キリスト教徒の思想と行動は、他の儒教的韓国人とかなり異なるのです。特に儒教的韓国人にとって、キリスト教徒が祖先の祭りを拒否することは許せないことでした。そのため韓国内でキリスト教徒は弾圧されてたという歴史があるのです。

プロテスタントが反カトリックとしての宗教的な自由を求めてアメリカに移住したように、韓国人キリスト教徒も宗教的な自由とアメリカンドリームを求めてアメリカに移住したのでした。この点が映画「ミナリ」を観る前に理解しておきたいポイントの1つ目です。

神を信じるとは?

映画を観る前に理解しておきたいポイントの2つ目は、「キリスト教を信じるとはどういうことなのか?」というキリスト教理解の根本的な部分についてです。

キリスト教は、イスラム教やユダヤ教と共に「啓典(けいてん)宗教」です。啓典宗教とはひらたくいえば、神がいて聖書があるという宗教のことです。(キリスト教:新約聖書、イスラム教:コーラン、ユダヤ教:トーラー)

しかしキリスト教と、イスラム教・ユダヤ教とは大きな違いがあります。イスラム教やユダヤ教には規律があるのに、キリスト教には規律がないのです。

イスラム教やユダヤ教には「ああしろこうしろ」という行動についての記述がコーランやトーラーにはたくさんあるのですが、その一方で聖書においては「神を信じること」のみが重要なこととされているのです。

とはいえ「神を信じる」とはどういうことなのでしょうか?どうすれば「神を信じる」ことになるのでしょうか?

答え:「奇跡を信じること

聖書に書かれているキリストの起こした奇跡をそっくりそのまま信じることが、キリスト教徒の必要十分条件なのです。病気を治すとか、悪霊を追い出すとか、エトセトラ・・・・。繰り返しになりますが、すべての奇跡をそのまま信じることがキリスト教との必要十分条件なのです。

Good News

新約聖書(キリスト教における聖書)の中心人物はパウロです。パウロはいいます。「すべての人は罪人である。」と。キリスト教はここからスタートします。だから人間はその行為によって救われることは絶対にないのです。イエス・キリストの信仰によってのみ救われるのです。

アメリカでは聖書(バイブル)をわかりやすいものにするために、【現代口語訳聖書】なるものが出版されています。そのタイトルはズバリ「The Good News Bible」です。パウロの教えはこのタイトルに集約されているといっても過言ではないでしょう。

もし映画「ミナリ」を鑑賞するなら「THE Good News Bible」のタイトルを頭の片隅に置いておくことを強くアドバイスしたいと思います。このアドバイスを忘れなければ、あなたは映画ミナリそのものが映画版「The Good News Bible」であることに気づけるはずです。