三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実 ~ アノミーという共通点

三島由紀夫vs東大全共闘

東京大学駒場キャンパス900番教室で繰り広げられた伝説の討論会がありました。1969年の「三島由紀夫 VS 東大全共闘」の討論会のことです。

TBSだけが所有している討論会の生映像がふんだんに盛り込まれた作品が公開されたのですが、その時代を生きていない人にとっては「なにがなんだか、さっぱりわからない」でしょう。

そこで映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」を鑑賞する上で役立つ知識をわかりやすく解説しておきたいと思います。

予告動画)三島由紀夫vs東大全共闘

急性アノミー

『天皇主義者』の三島由紀夫と、「東京大学をヒエラルキーの頂点にする構造」を否定した東大全共闘とはなんら共通点がないように思います。しかし「アノミー」という共通点があったのです。

アノミー論については「二人の教皇」、「17歳のウィーン」、「ヒトラー」という3本の映画の解説を通じて紹介してきましたが、簡単におさらいしておきましょう。アノミーとは「無規範」と訳されることもありますが「無連帯」のことです。そして「急性アノミー」とは信奉していた教義が否定されたときに発生するアノミーのことです。

三島由紀夫にとって天皇を神でした。しかしその神が敗戦するやいなや「人間宣言」をしたのです。このことの衝撃は三島由紀夫を含む当時の日本人にとっては強烈すぎました。なにせローマ教皇が全世界のカトリック信者に向けて「わたしはサタンです。」と告白したり、もしくはヒトラーが「わたしのやったことは全部間違いでした。」と宣言するようなものなのですから。

その一方で東大全共闘に参加した学生たちも急性アノミーの毛がありました。学生たちは東京大学の学生なのですから将来のエリートとしての道が約束されていました。しかしその学生たちが「東大」を否定し、「支配階級」を否定するのですから、心の空白を埋めたくなる気持ちになるのも理解できるでしょう。

意味のない説得

世界的に名の知れていた文豪である三島由紀夫は、東大全共闘に参加した学生を説得しようとしていました。そして討論会でこうもいっています。「君たち(東大全共闘)が天皇万歳とさえいってくれたら共闘する」と。

三島由紀夫は東大全共闘を説得できる可能性について信じていたのです。三島由紀夫の論法を急性アノミーという用語を使って誤解を恐れずシンプルに表現すればこうなります。「日本人が急性アノミーになった原因は、天皇の人間宣言による。だから天皇万歳と唱えることで急性アノミーを治療しようではないか。」

三島由紀夫の理屈は実にシンプルで筋がとおっています。しかし三島由紀夫の運動に「憲法改正」という具体的な目的があった一方で、東大全共闘には具体的な目的がなかったのです。そのことはおそらく三島由紀夫にとっても盲点であったのではなかったのでしょうか。

だから三島由紀夫が東大全共闘と共闘するといっても無理なのです。東大全共闘の運動には目的がなかったのですから。誤解を恐れずいえば東大全共闘は「騒ぎたかっただけ」なのです。その証拠に、運動に目的がのあった三島

目的はあるか?

由紀夫は「負け」たことがハッキリわかるのに対して、運動に目的のなかった東大全共闘は「負け」をハッキリ自覚していません。

目的があるから手段があり実行があるのです。「勝ち」(成功)、「負け」(失敗)という結果がハッキリするのは、目的があればこそなのです。

東大全共闘に参加していた学生はこの記事を書いている2021年時点で70歳前半の人たちです。東京オリンピックを1年延期したにも関わらずに政府はその1年を有効に活用しませんでした。その結果が開催直前になって「参加選手のワクチン優先接種はけしからん」とか、水泳の池江璃花子さんに「オリンピックを辞退して」と要請する『非国民』を生んだのです。

日本が太平洋戦争に負けたのは無目的だったから。コロナ禍において日本が一人負けしているのも無目的だったから。無目的にも関わらず壊れたラジオのように「頑張れ!!!」と言い続ける権力者に抗うには、あなたが目的をもって生きるほかないのではないでしょうか。