社会という荒野を仲間と生きる

かつてあこがれの街だった世田谷でも、プライドの高さが災いして、さみしい老後を送っている独居老人が急増しているのだそうです。

参考 「憧れの世田谷」に取り残された、高齢者たちの残酷な現実現代ビジネス

いい大学・いい会社を勤め上げた末路がこれです。じぶん以外の人たちを、「あんな奴ら」と言い放ち、地域社会から孤立し、孤独に生きる道を選んでいるのです。

一人で頑張る限界

日本では地域社会が崩壊し、「なんでも一人で頑張る人」がとても多いですのですが、そういうことをしているのは実は「日本人だけ」です。

華僑の人たちやユダヤの人たちは血縁関係を非常に重要視しており、助け合うのが当たり前になっています。ですから例えば子どもが「将来、弁護士になりたい」といえば、周囲の大人たちが「じゃあ、●●さんと話せばいいよ」と提案して、本物の弁護士に会わせるなどしてサポートするのです。

海外先進国では、血縁関係だけでなく「宗教」や「地域社会」など依存するものがたくさんあるのですが、日本では宗教も地域社会も血縁関係も希薄です。その結果、一人で頑張らざるを得ないという状況が生まれやすくなっています。

一人で頑張ることの弊害は予想以上に大きいです。一人で頑張るといっても無力な個人が一人で出来ることは限られているので失敗する可能性も高くなりますし、失敗を恐れてそもそも挑戦できないなんてことも珍しくありません。あなたはどうですか?ひとりで頑張っていませんか?

仲間以外はみな風景

もしあなたが「一人で頑張りたい」のであれば、是非ともダニエル・デフォーの小説『ロビンソン・クルーソー』を読んでください。ロビンソンが無人島に漂着してから独力で生活を築くまでにやったことが、あなたにも参考になるはずです。

逆にもしあなたが「一人で頑張るのは限界がある」ということを素直に認めることができるのであれば、「社会という荒野を仲間と生きる」という社会学者宮台真司先生のアドバイスが参考になるはずです。

日本人は仲間にはやさしいけど、「仲間以外には無関心」なお国柄です。さきほど紹介した宮台真司先生の言葉を借りれば「仲間以外はみな風景」というのが日本人のメンタリティーです。

例えば自宅のなかではとても優しく、会社では年上の上司を敬うような人間でも、電車で高齢者に席をゆずらなかったりなんていうことが珍しくないのが日本の実情なのです。

あなたはロビンソン・クルーソーのように一人で頑張りますか?それとも「社会という荒野を仲間と生きる」戦略を採用しますか?