日本で一番悪いやつら ~ 手を汚すべきは誰なのか?

日本で一番悪いやつら

『正義』のために手を染めることは警察官として「あるべき姿」なのでしょうか?

今回はそのようなことを考える上でうってつけの映画を紹介します。「日本警察史上最大の不祥事」といわれた『稲葉事件』をテーマにした作品です。

予告動画)日本で一番悪い奴ら

思いやりロック

「無施錠で駐輪している自転車に、警察官が錠をかけてまわる」という『事件』が話題になりました。山形県警が駅の駐輪場などで取り組んでいる被害防止の啓発活動の一環なのだそうです。

山形県警の啓発活動に対して「一般人がやったら犯罪なのに、警察官がやると犯罪にならないのですか?」という一般人からの疑問に対して、弁護士ドットコムは『違法性が認められず、犯罪は成立しないと考えられます』と評価しました。

警察行政が肯定し、弁護士も「違法性がない」と判断しているいわゆる『思いやりロック』についてあなたはどう思いますか?

法の最終決定者は誰?

もともと行政というものは、法律の範囲内でやるものであって、それを超えてはいけないというのが原則です。当然ですが、原則どおり厳しくやってもらわなければなりません。

では山形県警の『思いやりロック』に法的根拠はあるのでしょうか?答え:「根拠法令はない」。法的根拠がないのになぜ警察官は『思いやりロック』をやったのでしょうか?

弁護士ドットコムニュースの取材によれば、県警・生活安全企画課の担当者は、ワイヤー錠をかけるのは「警察官が点検しているうちに盗まれることを避けるため」と回答。

根拠法令はないものの警察法2条の「犯罪の予防」という観点によるもので、「ことさら乗れなくして懲らしめようという意図はない」のだそうです。

警察から以上のように主張されると反論の余地はまったくないように思えてしまいますが、大きな落とし穴があります。それは・・・・

法律には2つの側面がある

法律には2つの側面があります。ポリティカルな側面と、プロシージャル(手続き上)な側面があります。

ポリティカルな側面は、裁量的、政治的という意味で、これは政治家が責任を負うべきものです。もし法律が現実の問題に適応できないなら、その法律を変えるのが政治家の仕事です。

その一方でプロシージャルな側面は、専門知識を使っての実務というものであって、これは役人に任せておけばいい問題だと考えられています。

そして(ここが重要なポイントなのですが)ポリティカルな側面にせよプロシージャルな側面にせよ、最終的な決定者は『裁判所にある』ということを見落としてはいけません。

そう。繰り返しになりますが、最終的な決定権は「裁判所にある」のです。行政の主張もあるでしょうし、弁護士の主張もあるでしょうが、その主張を認めるか認めないかは『裁判所』の仕事なのです。

『三権分立』という概念を忘れてはいけません。『専門家』の主張を鵜呑みにするべからず。さらにもう一言。

手を汚すのが政治家の仕事

菅原元経済産業大臣の秘書が、選挙区内の有権者に香典などを渡していたとして、公職選挙法違反の疑いで告発状が提出されました。東京地検特捜部は「公職選挙法を軽視する姿勢が顕著とまでは言い難い」などとして、起訴猶予にしました。

しかし東京第4検察審査会は2021年2月「検察は、国会議員はクリーンであってほしいという国民の切なる願いにも十分配慮すべきだ」として「起訴すべきだ」と議決。ほとんどの日本人は「そうだ。汚職をする政治家を許すな。もっとやれ。」と思うでしょうが、ここにも落とし穴がひそんでいます。

検察は『国会議員はクリーンであってほしいという国民の切なる願い』を代弁してように見えるわけですが、ここで立ち止まって考えてほしいのは、クリーンで無能な政治家とダーティーで有能な政治家のどちらを選ぶべきか?という問題です。

今回紹介した映画「日本で一番悪いやつら」で描かれているように、クリーンなことばかりやっていてもわたしたちの社会は守られません。誰かが手を汚す必要があります。それをやったのが「警察官」というところに問題があるのであって、本来であれば「日本で一番悪いやつら」は政治家であるべきなのです。

手を汚さないとどうなるか?

政治家が責任を回避したいがあまりに「手を汚さない」(≒何もしない)のが肯定されるのであれば、何もしない以上、わたしたちの社会は「弱い者を見捨てる」ことになります。

実際にそうなっています。コロナ禍では主に飲食店とコロナ患者を受け入れている現場の医療関係者たちに、経済的な犠牲が集中しています。

権力争いのバトルフィールドは、「政治家 VS 市民」から「政治家 VS 官僚」に移っています。官僚は政治家にルール(法律)を変えられるのを嫌がる存在です。

そういう状況で官僚が主張するところの「国会議員はクリーンであってほしいという国民の切なる願い」なる言葉を鵜呑みにしてはいけないのです。

マジメな話、法は破るためにあるのです。しかし法律を破るべきは警察官ではなく政治家なのです。「政治とカネ」=「悪」というイメージがあります。

たしかに「カネのために政治をやる」政治家は最悪です。しかし「政治のためにカネを使う」のはむしろ肯定されるべきでしょう。現実問題、政治にはカネが必要なのですから。