日本経済の本当の話 ~ 自分の常識で相手を判断するな

「日本経済の本当の話」という本があります。この本は日本とアメリカで1996年に同時出版されたもので、戦後の『日米関係』の歴史を振り返る上でとても有益であると判断したので紹介しておきたいと思います。

「日本経済の本当の話」は、映画に例えるならクリント・イーストウッドの「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」を足し算した作品になっています。どういうことかというと・・・

話がかみ合わない理由

「日本経済の本当の話」を読んでいる途中にわたしが考えたことは「右翼と左翼の話がかみ合わない理由」でした。なぜ?話がかみ合わないのか?カラクリはシンプルです。

右翼は自分を「右」であり、左翼のことを「左にいる人たち」であると定義します。その一方で左翼は自分たちを「下」(弱者を守る)の立場であると定義し、右翼を「上」(強者を優遇)する立場であると定義しています。

つまり右翼と左翼では、自分たちと相手の定義自体がそれぞれ異なるのです。そもそも異なる前提で議論をしようとすればどうなるでしょうか?当然、話がかみ合わないということになります。しかし当事者はそのことに気づいていないのです。

もちろん戦時中であれば致し方ない部分もあるでしょう。腹を割って話し合って相手を理解しようという気持ちがなければ、自分たちの妄想で相手を定義することになって不思議ではありません。

そのことを教えてくれるのが冒頭で紹介したクリント・イーストウッドの2作品、「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」です。

「硫黄島からの手紙」は『日本側の視座からアメリカをみる』という体験を提供してくれます。その一方で「父親たちの星条旗」は『アメリカ人側の視点から日本をみる』という体験を提供してくれます。

「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」の両方の作品を鑑賞することで「自分の妄想で相手を定義する」ということの意味を肌で体感するという貴重な体験が得られるというカラクリになっているんですね。

さて、本題はココからです。

戦前・戦時中は日本人とアメリカ人はお互いの国のことをほとんど全くといっていいほど理解していませんでした。しかし重要なことは、「戦後においても」日本人とアメリカ人はお互いのことをほとんどなにも理解していなかったのです。

ジョージ・E・ブラウン・Jr(元アメリカ合衆国下院議員)もこんなことをいっています。

私は過去の日米貿易交渉を観察するなかで、両者の間におけるコミュニケーションが成立していないことに気づきました。そして問題は言語の違いだけでなく、異文化間におけるコミュニケーションがうまく機能していない部分にあると気づいたのです。

【引用:官僚の官僚による官僚のための日本!?】

異常な「変わらない力」

日本人のなかにも「アメリカは日本を利用するだけ利用してきた」と考えている人がいるでしょう。しかしそれは半分正解だけど半分間違っています。日本だってアメリカを利用するだけ利用してきたのです。

なぜ?お互いがお互いを利用するという関係が成り立つのでしょうか?

それはもちろん「お互いにとってメリットがあるから」です。しかし世界情勢の変化によって「お互いにメリットのある関係」というものを成立させる前提(例えば冷戦)が崩れてきている・・・というのが、「日本経済の本当の話」のなかで語られていることなのです。

1996年時点では、たしかにアメリカも日本も自分たちの利害関係を成り立たせる前提が崩壊している事実から目を背けていたことがわかります。しかし2020年現在に目を向ければ、日本だけがそのことからあえて目を背けようとしていることがわかります。

例えばアメリカの大統領が変更するたびに日本政府がまずやることが「日米同盟の確認」であることが、その典型的な事例でしょう。世界も変わっている。アメリカも変わっている。日本だけが頑なに変わろうとしないのです。

変化に対応しないから苦しむのです。日本人の給料水準は30年前のほうが高かった。30年間日本は何をしていたのか?コロナ禍においてもそう。第一波、第二波がきて第三波がくるまでの間の約4か月間、日本人は何をしていたのか?残念ながら・・・日本政府は有効な対策を「ほとんど何もしなかった」のです。

デービッド・アトキンソン(菅総理のブレーンとも囁かれている元金融アナリストであり実業家)は、「日本人の変わらない力は異常」と断言しました。変わらない結果として日本はどうなるのでしょうか??

日本の将来について考える上で過去の歴史を知ることは重要であり、「日本経済の本当の話」はそのための教科書になるはずです。興味のある方は是非読んでみてください。