RAW~少女のめざめ~

わたしはグロテスクな映画は比較的大好きなのですが、久しぶりに途中でみるのをやめようか・・・と思った映画に出会いました。映画評論家の町山智浩氏が2017年でベスト・・・といっていましたが、確かにスゴイ映画でした。各国の映画祭で失神者が続出したというのも頷けます。

ロサンゼルスの映画館では、映画館のスタッフが映画館が汚れた大変だから・・・という理由でエチケット袋を配布した・・・という実話もあります。気が弱い人は「冗談抜きで」絶対に観てはいけない映画ですが、それでも観る価値がある理由があるとすればそれはなんなのか?ということを解説したいと思います。

予告動画)RAW~少女のめざめ~

RAWとは「生肉」のことです。そうなんです。この映画はカニバリズム(食人、食人俗、人肉嗜食)と愛についての映画です。すべての感情がリセットされるほどのインパクトがある作品です。

おそらくこの映画を観た日本人のほとんどはカニバリズムの習慣を「理解できない」と思うでしょうし、カニバリズムはあくまでも「変人の趣向」だと断言するでしょう。しかしそうではないのです。

中国から輸入しなかったもの

かつて日本は中国から多くのモノを輸入しましたが、断じて輸入しなかったものがあります。日本が中国から輸入しなかったものとはカニバリズム(食人、食人俗、人肉嗜食)、宦官(かんがん)、纏足(てんそく)、科挙(かきょ)の制度です。

裏を返せば、かつての中国にはカニバリズムの文化があったのです。日本人は無意識に「中国人は同じアジア人であるので、欧米人よりは日本人に近い」などと勘違いしますが、必ずしもそうではないということを伝えたかったのです。

世界平和について語る時「同じ人間なのだから話せばわかる」などという人がいますが、「同じ人間でも異なる常識をもっている」ということを知らないとそもそもお話にならないことは理解しておく必要があるでしょう。

中国から輸入したもの

カニバリズムを輸入しなかった日本ですが、最終的に輸入したものもあります。それは科挙の制度です。科挙とは高級官僚をペーパーテストで募集する仕組みであり、教育とペーパーテストで特権階級が形成されます。

しかし日本が真似をした科挙の制度ですが、本家の中国では1905年に廃止されていることを知っている人は多くありません。なぜ中国で科挙の制度が廃止されたのでしょうか?

科挙の制度が誕生した当初は「身分に関係なく誰にでも『公平』に官僚への道がひらかれ、且つ、ペーパーテストによって『公正』に評価・登用される社会の仕組み」でした。しかし科挙の制度は文字通り「腐ってしまった」のです。

中国の歴史について話すまでもなく、日本の状況をみればどのようにして腐るのかはお判りでしょう。生まれた時からわき目もふらず受験勉強に磨きをかけ、競争を勝ち抜くことだけ長けた輩が高級官僚の職につくようになり、わずか100年で泣く子も黙る「学歴による階級」が誕生しました。

そして「学歴による階級」は志も良識もない官僚を大量生産しました。税収は国民のモノだということを忘れ、天下り先の確保と身の保身ばかりを考えています。あろうことか便宜を図る見返りに、子供を医学部に裏口入学させる輩まで登場しました。

官僚は決められたレールの上だけを走るように飼いならされているので、現実適応能力に欠け、危機への対処には弱いのです。そう。残念ながら日本が危機に直面した時に迷走することは既定路線なのです。