実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 ~ 事実は小説よりも奇なり

あさま山荘事件は、長野県北佐久郡軽井沢町にある河合楽器製作所の保養所「浅間山荘」において連合赤軍が人質をとって立てこもった事件です。

あさま山荘事件について報道した番組の視聴率は90%にまで到達したそうですが、一般視聴者が目撃したのはあくまでも連合赤軍の活動「結果」に過ぎません。

結果だけみても連合赤軍は何を達成したかったのか?ということが全く理解できないでしょうし、あさま山荘事件にはどういう意味があったのか?というような教訓も導き出せないでしょう。そこで今回は、ヒントになりそうな映画を紹介したいと思います。

予告動画)実録・連合赤軍 あさま山荘への道程

仲間を処刑する不可解

あさま山荘事件の犯人が逮捕されてすぐ、連合赤軍がリンチや処刑などで、山に入る前に2名、山に入った後に12名もの仲間を殺したことが分かってきました。(山岳ベース事件)

今回紹介した映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」でも、山岳ベース事件の様子が描かれるわけですが、あまりにも理不尽で不合理なシーンの連続に心が張り裂けそうになるはずです。

連合赤軍は暴力革命を主張していました。であればメンバーが死ぬときは「革命によって」であるはずでした。14人ものメンバーはまさか自分が革命によって命を落とすのではなく、仲間に殺されることになるとは想像もしていなかったでしょう。

「事実は小説よりも奇なり」という諺(ことわざ)がありますが、まさにその通りの現実がもたらされたわけです。なぜ「ありえない」ようなことが実際に起きてしまったのでしょうか?

大学紛争はお祭り騒ぎ

映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」の物語は、大学紛争からスタートします。大学紛争の発端となったのは昭和35年(1960年)のいわゆる「60年安保」騒動の時からです。山岳ベースで仲間へのリンチを主導した「新左翼」を誕生させた根っこにあるのが大学紛争であるという理解に基づいているのです。

では『60年安保』とはなんだったのでしょうか?今振り返ってみれば、『60年安保』はただのお祭り騒ぎでした。なぜ「お祭り騒ぎ」と断定できるのかといえば、「安保反対闘争」には何の理由も目的もなかったからです。かつて左翼運動家として活動していた故・西部邁先生も「安保条約に反対した時、実は安保条約など全然読んでなかった」と告白しています。

山岳ベース事件、あさま山荘事件などを起こした連合赤軍を理解するために、もともとの発端になった大学紛争まで話をさかのぼったわけですが、ますます謎が深まってしまったように感じる人もいるかもしれません。理由も目的もないのに大学紛争であれほど騒いだなんて・・・・・それこそ理解不能です。

理解する鍵:アノミー

理由もないのに大学紛争で騒いだことは、実は不思議でもなんでもないことなのです。なぜならば大学紛争の目的は「お祭り騒ぎ」だったのです。つまり暴れること自体が目的なのであって、他の目的はなかったのです。

その証拠に、あれだけ大学紛争をやっておきながら、大学改革は何も達成されていないのです。同時期にアメリカやヨーロッパの学生がいくつかの要求を掲げて戦い、そして実際にいくつかの要求を実現させたのとは対照的です。

ではなぜ暴れること自体が目的となり得たのでしょうか?その答えを導き出す鍵となるのが「アノミー」概念です。(アノミー概念については、過去に何度か解説しているのでそちらを参照ください。)

そう。大学紛争はアノミーの結果なのです。であれば大学紛争の末に誕生した新左翼もアノミーを抱えていたのであり、アノミーを抱えた新左翼の行動パターンも大学紛争と同類型なのです。そう。新左翼も暴れること自体が目的だったのです。

新左翼・オウム真理教

なんら目的もなく合理的な判断ができなかった連合赤軍は「革命の同志をリンチして殺す」なんてことをやりました。わたしたち日本人は似たような事件を知っています。そう。オウム真理教は無差別にサリンをバラまき、仲間であったはずの信者をリンチして殺害しました。

そう。大学紛争で解消されなかった日本のアノミーは新左翼に引き継がれ、連合赤軍が崩壊したあとはオウム真理教に引き継がれたわけです。そして現在にいたるまでアノミーは解消されず、家庭内暴力・いじめなどの問題としてわたしたちの社会をむしばんでいるのです。山岳ベース事件やあさま山荘事件は、決して他人事ではないのです。