週休5日制の意図

週休5日制の意図

ある女性は「もっと休みたい!なぜ?週休二日制なの?週休三日制でもいいのでは?」と思っていました。仕事、家事、子育てに忙しい毎日に忙殺されて、心も体も休まっている実感が湧かなかったからです。

だから日曜日の夕方に「お魚くわえたどら猫、追いかけて~」というサザエさんの音楽が流れると現実に引き戻されて憂鬱になるものの、「あぁ、明日は月曜日か。頑張らないと。みんなも同じ気持ち。わたしだけじゃない。」とじぶんに言い聞かせては奮起していました。

もしかしたら、あなたも少しは共感するところがあるかもしれません。しかし「もっと休みがほしい」というのは本当でしょうか?

もっと休んだらどうなるか?

もっと休みたいと願い続けながら定年を迎えたサラリーマンのなかには、「何をしたらいいのかわからない」と悩む人が多いそうです。退職して数か月は旅行に出かけたり、お昼に豪華なランチを食べたりするのですが、そのうち自由気ままに過ごすことに飽きてしまうのです。

わたしも同じような経験があるからわかります。脱サラした直後は、サラリーマンから解放されたことがとにかく嬉しかったことを覚えています。明日の売上もないのに能天気に「俺は自由だ~!!」と思いながら、お昼から居酒屋で飲んだりしていました。

しかしそんな生活は3日と持ちませんでした。その時わたしは気づいたんです。「もっと休みたいと思っていたけど、本当は仕事をしたくなかっただけだった。」ということに。

本当にやりたいことを見つけた今だからこそ思うのですが「本当にやりたいことなら休みたいと1mmも感じないはず」なのです。もし心当たりがあるなら、あなたもやりたいことを探さなければいけません。

そのためには勉強も必要かもしれませんし、行動しなければいけないかもしれません。知らない世界に飛び出すのが怖くて、ついつい、尻込みしてしまうかもしれません。

でも本当にやりたいことを探すことをやめてはいけません。それがお金に囚われず心豊かな人生を生きる第一歩だと思っています。しかし「じぶんのために学習しろ!」とアドバイスすると、最近は冷たい反応が返ってくることも多いのです。

お金にならない?それなら、やりません!

冷たい反応の一例をあげておきます。

冷たい反応例
  • 勉強は学生がやるもの
  • 勤務時間内でしか勉強しません!
  • プライベートで勉強なんてオカシイ!
  • 勉強すると「意識高い系」だと嫌煙される
  • 「週末に必死に勉強」は時代遅れ

あなたはどう感じますか?わたしがブラック企業の社長だったら、涙が出るほど嬉しい反応であることは間違いありません。「こいつら本当に奴隷根性丸出しだな。でもそれに気づいていないんだから、本当にめでたいね!」と思うでしょう。

なぜならば「お金がないと勉強しない」という価値観の背景には「損得勘定」が隠れているからです。つまり行動基準のすべてが「お金」なので、裏を返せば、「お金を利用して行動をコントロールできる便利な人材たち」であることを暗示しているのです。

それにも関わらず「意識高い系は嫌煙される」などといってみんなで足を引っ張って「勉強しないのがカッコいい」という価値観を共有しているのですから滑稽です。

そのことを知っているブラック企業の社長さんであれば、きっと彼らに以下のように教育するでしょう。

いいか。お前らにはスキルがないんだ。だから生産性が悪い。だから長時間労働になるんだ。全部お前らの責任だ。」、「いいか。出来の悪いお前らに、仕事をさせながらお勉強させてやる。だから低賃金でも文句をいわず働くんだ!」、「あぁ?給料を上げろ?なにを馬鹿なことを!お金がほしいなら、もっと死ぬ気で働け!

やりたいことがみつからず仕事でその空白を埋めるしかない人材は、ひたすらアリ地獄にハマったかのように搾取されていくわけです。そして搾取されると心身ともに疲弊して、週末は本当に何もしたくなるほど疲れ果ててしまうでしょう。

そうなんです。お金を絶対的な基準にすることで、自らの首を絞めているのですが、その罠になかなか気づくことができないのです。じぶんのために、そして社会のために、、、勉強するのはそんなに悪いことですか?

最後に週五日制をはじめて日本で導入した松下幸之助氏(パナソニック創業者)の言葉を引用して終わりにしたいと思います。

週五日制を導入した意図

わが社が週五日制になってから半年の月日がたったけれども、皆さんは週二日の休みをどのような考えで過ごしておられるだろうか。

一日教養、一日休養というように有効に活用できているかどうか。

二日間の休みを無為に過ごすのでなく、心身ともにみずからの向上をはかる適当な方法を考え、実行していただきたいと思う。

ただ、そのみずからを高めるというか、教養を高めたり、仕事の能力を向上させたり、あるいは健康な体づくりをすることと関連して、私は一つ皆さんにお尋ねしたい。

それはどういうことかというと、ほかでもない。皆さんが勉強なり運動をするときに“自分がこのように自己の向上に努めるのは、ただ単に自分のためばかりではない。それは社会の一員としての自分の義務でもあるのだ”という意識をもってやっておられるかどうか、ということである。

そういうことを皆さんは今まで考えたことがあるかどうか、また現在考えているかどうかをお尋ねしたいと思う。

【引用:社員心得帖