メランコリア ~ 本当にマトモな人間は誰なのか考えさせられる体験

志村けんさんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。志村けんさんとは面識はありませんが、東京港区麻布十番でよく見かけました。

そのため大御所芸能人なのに、志村けんさんが目と鼻の先にいても「あー、志村けんだ。。。」くらいにしか思わなかったし、志村けんが交通手段にしている黒塗りの車の番号は地元では有名だったので、車が泊っていると「志村けんがいるな」ということがバレバレでした。

それほど麻布十番という町に溶け込んでいる人だったし、麻布十番郵便局のヨコには、志村けんさんのガールズバーがあるのですが、その店の開店前にママと楽しそうに話している姿を目撃することもあったので、今後はそういう志村けんさんの姿を目撃することもないんだなぁ・・・と思うとなんだか現実感がありません。

さて、コロナ騒動で今まで当たり前だと思っていたものが、実は当たり前じゃないということを日本人に限らず世界中の人たちが改めて思い知っているわけですが、どうすれば危機がせまってくるときにオタオタしないでいられるのでしょうか?

もちろん答えは一つじゃないと思いますが、今回は映画『メランコリア』に描かれている答えを紹介したいと思います。

予告動画)メランコリア

映画「メランコリ」のストーリーは単純です。地球に衝突しないと思われていた惑星が地球に衝突するのでは・・・・・という状況になった時に、人々がどんな行動にでるのか?ということが描かれています。

この映画の興味深い点は、地球の危機に際してオタオタするのは平時には「マトモ」だと思われていた人であり、逆にドッシリしているのは平時には「狂っている」と思われている人だということです。

マトモな人が危機にオタオタする一方で、狂っている人が危機に動じないのはなぜなのでしょうか???

絶望のなかを生きている

ズバリ答えは(平時には狂っていると思われていた人は)「日常生活を生きている時ですら絶望のなかを生きていたから」です。映画のネタバレになりますが、自分が主役の結婚式の最中ですら底なしの絶望から抜けられない女性だけが、地球滅亡の危機に際しても平常心を失うわないのです。

実は2ちゃんねるの創業者「ひろゆき」さんも、自分への期待値を徹底的に下げるという生き方を推奨しています。ひろゆきさんにとってはそういう生き方が楽なんだそうですが、メランコリアに登場する「狂った人」も「わたしのような生き方は楽よ。」とまさに同じような境地に至っている点は非常に興味深いのでもう少し説明を続けます。

あなたは「絶望を生きる」のはツライと思うかもしれませんが、そんなことはありません。人間を苦しめるのは大抵は「希望」です。

例えば過去の過ちを後悔して現在の自分を苦しめるのも、「もしあのときああしていたら」という類の希望ですし、幸せになりたいのに今幸せを感じられない人を苦しめるのも、「なぜ?自分は望むような結果を得られないのか?」という類の将来に対する漠然とした希望です。

希望に苦しめられるぐらいなら希望なんて捨ててしまって、絶望のなかをマトモに生きろ!!」というのが、今日あなたに伝えたいメッセージです。

オタオタするのはダサい

小池百合子都知事がロックダウンを連呼しているのに、平然としている人が多いわけですがわたしが思うに、平然としている人のほとんどが絶望を生きているから平気なのではなく、単に危機感がないだけのように感じています。

映画メランコリアでは、いざ惑星が地球に衝突するという時に今まで平然としていた人間がオタオタしてどこかに逃げようとする様子が描かれています。同様に、東京でロックダウンが実施されたり、非常事態が宣言されたら「絶望の足りない人間」こそが我先にと東京から逃げ出そうとするでしょう。

オタオタするのはやめましょう。とにもかくにもダサいので。