スターリンの葬送狂騒曲 ~ 組織的原理の貫徹

Stalin

以前紹介した映画「DAU.ナターシャ」は、スターリン体制下の1952年を舞台にした作品でしたが、今回紹介する作品はスターリン体制の終焉にフォーカスしたブラック・コメディーです。

予告動画)スターリンの葬送狂騒曲

スターリンの粛清

映画「DAU.ナターシャ」がそうであったのように、当時のソ連についてある程度の知識がないと今回紹介した作品「スターリンの葬送狂騒曲」を楽しめないに違いありません。例えばスターリンの粛清。

驚くなかれ。1938年、なんとスターリンは3人の元帥・400人の司令官・5,000人の将校を銃殺したのです。そしてたくさんの有能な将校たちを捕虜収容所に送りました。その容疑は「ドイツと結託してソ連の転覆をはかった」というものでした。

その結果、ソ連軍はとても弱くなりました。1939年の対フィンランド戦で弱体化を世界にさらし、1941年にポーランドを席巻しロシアに攻め入るドイツ軍を止めることができなくなりました。

そのためスターリンは捕虜収容所にいた将校たちを慌てて解放して前線に立たせることによって、ソ連存亡の危機をなんとか脱却したのでした。ソ連を窮地に立たせるほどに粛清ばかりやったスターリンは、逆にドイツのスパイなのではないか?

思わずそのように考えてしまうほどスターリンの粛清は度を越していたわけですが、なぜ?スターリンは粛清にこだわったのでしょうか?

ソ連のドイツを恐れる

スターリンが粛清にこだわった理由は、「ソ連のなかのドイツを恐れたから」でした。もともとソ連はドイツ人の影響を強く受けていました。軍事しかり、医療然り。

ソ連共産党(ボリシェビキ党)の創立者であるレーニンの主要な著述ですらドイツ語で書かれていたし、ロシア最後の皇帝ニコラス二世にいたっては半分以上ドイツ人の血が入っています。日本でも昭和の時代には医師がドイツ語でカルテを書くことは珍しいことではありませんでした。

もちろんドイツの影響を強く受けているからといって、軍人や医師がドイツのスパイなわけがありません。誰から学ぶか?ということと愛国心にはほとんどなんの関係がないことは小学生でもわかるはずです。日本人でも親米的であるからといってアメリカのスパイになるわけではないでしょう。

しかしソ連陸軍や医師といった組織集団が、親独(ドイツ)的な骨格によって編成されているということ自体が、スターリンを筆頭とするソ連共産党にとっては重大事件なのです。だからドイツの影響を受けた人間は、軍人であろうが医師であろうがことごとくメインストリームから追放されてしまったのです。

宗教者も追放

映画「LOVE LESS」で解説したとおり、『エトス』をもって宗教を定義すればマルクス主義そのものが宗教です。とすれば、それ以外の宗教(ギリシャ正教)がソ連に存在することが許されるわけがありません。(宗教はアヘン)

宗教者は軍人、医師と同様に「ソ連共産党」という組織的な原理を貫徹するために排除・追放され、その状態は第二次世界大戦が終戦してからも続いたのです。

そのことを理解していれば、「ソ連共産党」を守るべく暗躍したベリヤ(秘密警察長)と、ソ連を変えると言い放つフルシチョフ(第一書記)とドイツの影響を強く受けたジェーコフ(陸軍長)との対立軸が理解できるのではないでしょうか。

組織的原理の貫徹

『組織的な原理の貫徹』というのはわかりずらいかもしれませんが、かつて日本の三菱重工や中島飛行機にもそういう傾向がありました。戦争が激化して利潤が得られないことなど明らかだったのに、三菱重工や中島飛行機も狂ったように設備投資の拡大と増産を続けました。

戦時中の日本陸軍もそうでした。支那(しな)撤兵をさせなければアメリカと戦争になり、日本は戦争に負けることもわかっていたのに、日本陸軍は「支那(しな)撤兵」を拒否して日本を戦争に引きずり込みました。

さらにいうなら戦後の国鉄もそうでした。走らせれば走らせるほど赤字がかさむのに、倒産するわけでもなく合理化して黒字化する努力をするわけでもなく、現状を維持しようと必死でした。

さらにさらにいうなら、使用済み核燃料の再処理工場をめぐる2004年の経産省内部における賛成派と反対派のバトルもそう。試算したら再処理コストが膨大になるがゆえに反対派が優勢だったのですが、経産省の『組織的原理の貫徹』によって反対派がパージ(追放)されたのでした。

そして残念なことに現代日本にもそういう傾向はあります。具体例はあなたが探してみてください。すぐに見つかるはずです。