東京難民 ~ 近代日本の幼児体験

東京難民

ある日突然、「社会の穴」に落ちて這い上がれなくなる人が増加しています。今回紹介する映画「東京難民」の原作となった小説は2007年11月号から2011年1月号まで連載されていましたが、コロナ禍を経験した今となってはそういう話は珍しくないというのがほとんどの人にとっての感覚でしょう。

1億総中流の時代において「社会の穴」に落ちるということは「非常事態」だったのに、その「非常事態」である「非日常」が「日常化」してしまっているのです。

そして非日常と日常が混在化している時代においては「一度挫折しても頑張ればきっといいことがあるさ」と素朴に信じること自体が難しくなっています。だから映画でハッピーエンドが描かれても観客は嘘に嘘を重ねられた気分になり納得しないはずです。

では「非日常」が「日常化」した現代社会をどう生きればいいのでしょうか?今日はそんなことを考えるきっかけになる映画を紹介します。

予告動画)東京難民

難民の定義

2016年の国連総会において開催されたオバマ米大統領主催の『難民サミット』に日本の総理も出席していました。海外の記者から「日本はなぜ?日本は難民を受け入れないのか?」と質問された安倍総理は、「日本の生産性や出生率をあげるためにまだやるべきことはある。女性活躍や高齢者の~」という趣旨の発言をしました。

安倍総理の回答はあきらかにトンチンカンでした。なぜならば安倍総理の回答は「移民」についてのものであり、記者の質問は「難民」についてのものだったからです。もしかして日本の総理は移民と難民の区別もついていないのでは?という疑惑が浮上したのでした。

このような話をした理由は、『難民』という言葉を『移民』とごっちゃにして理解している人がいるかもしれないと思ったからです。日本は『難民の地位に関する地位協定』という条約を批准しているのですが、同じ条約を批准しているはずの他国と比較して難民の受け入れ数が著しく(2桁オーダーで)少ないのです。

そして難民を受け入れないどころか、日本を「難民を送り返す国」にするかもしれない入管法改正改正が「東京五輪・医療崩壊・国民経済をどうするのか?」という問題が深刻なコロナ禍真っただ中に通過しそうになりました。(2021年5月18日、自民党は入管難民法改正案を取り下げ)

難民とは「人種・宗教・国籍・政治的意見を理由に迫害を受ける可能性があるため国籍のある国にいたくない人たち」のことです。くれぐれも「東京難民」という映画を観て「難民とはこういうものだ」と勘違いしないように!!!

日本の鎖国体質

そもそもなぜ?日本は「移民」も「難民」も受け入れないのでしょうか?いろいろな理由があるでしょう。例えば日本においては「難民を受け入れるか受け入れないか?」を判断する入管職員の権限がものすごく強く入管法が恣意的な運用になっているというような指摘がありますが、ここでは江戸時代にまでさかのぼりたいと思います。

ペリー来航により日本は開国を決断します。当時の日本が開国を決断した意図はどこにあったのでしょうか?

日本人が開国を意図した理由は、文化交流でも経済交流でもありませんでした。答えはズバリ「軍備充実」です。ペリーの黒船を見た日本人は「とてもかなわない」と悟りました。今の日本の軍事力ではペリーに征服されてしまいます。アメリカに征服されたくなかったら・・・・開国して軍事技術を輸入して日本も黒船を建造しうるようになるしかありません。

では黒船を建造したあとはどうするつもりだったのか?答えはズバリ「もとの鎖国に戻るつもりだった」。

その証拠に幕末の思想家佐久間象山は「東洋道徳・西洋芸術」と唱え、江戸時代末期の志士・思想家の橋本左内は「機械芸術彼に取り、仁義道徳我に存す」という言葉を残しました。いずれも「道徳や社会政治体制の面では伝統を固持しつつ、科学技術の面では西洋のものを積極的に摂取しよう」ということを主張しているのです。

資本主義になって出直してこい

すでに説明したとおり当時の日本は黒船を建造して軍備を拡大したら元の鎖国に戻るつもりでしたが、黒船を建造することはそれほど簡単なことではありませんでした。そして当時押し付けられた不平等条約を改正しようにも欧米列強はそう簡単に応じてくれないことも次第に明らかになりました。

欧米列強の態度はシンプルです。「不平等条約を改正して、主権をもつ独立国になりたかったら資本主義になって出直してきなさい」と。

軍備を拡充するために、不平等条約を改正するために、主権をもつ独立国として認められるために、、、、大日本帝国はなりふり構わず資本主義一直線。法律・教育を大改造。立憲政治を導入。紆余曲折(日清戦争や日露戦争)の末に、欧米諸国以外でははじめて主権をもつ独立国になったのでした。

近代日本の初期条件。幼児体験は現代日本人の無意識にひそんでいるがゆえに、表向きは「グローバル資本主義」を推進しながらも「鎖国体質」を望んでいるのです。