東京裁判 ~ 裁判ではない裁判

東京裁判

日本では刑事被告人が拘置所に入っている間にメディア報道が過熱し、「被告人は有罪」という空気が醸成されてから裁判がはじまります。

ドラマ「イチケイノカラス」や映画「三度目の殺人」で描かれているように、日本では裁判官もサラリーマン。日本人であるあなたなら、この日本という国で空気に抗うことがどれほど難しいことかわかるでしょう。

はじめから結論が決まっているような裁判など、とうてい裁判といえる代物ではないのですが、戦後日本の出発点も「裁判」とは名ばかりの裁判であったことは知っておいて損はないでしょう。

予告動画)東京裁判

もうメチャクチャ

ネットフリックスのドラマ「東京裁判(Tokyo Trial)」を鑑賞すれば、東京裁判がメチャクチャな代物だったことがわかるはずです。

例えば第二次世界大戦の末期には、日ソ中立条約が未だ半年の期限を残していたにも関わらずソ連は勝手に攻めてきて、満州にいた60万人の日本人をソ連に連行し虐待しました。

東京裁判ではそのことにはまったく触れられず、ソ連の代表者が(しかもソ連の代表者、ザリヤノフは軍人)が東京裁判の判事の1人として参加しているのですから盗人猛々しいにもほどがあります。

しかしこんなことは序の口です。東京裁判は「事後法で裁くのはご法度」という法の原則をやぶったのです。

事後法で裁く

東京裁判で裁かれた罪の中には、「平和に対する罪(侵略の罪)」、「人道に対する罪」という考えがありました。しかし第二次世界大戦(大東亜戦争)がはじまった時点において国際法にはそのような罪は確立されていなかったのです。

刑法には「罪刑法定主義」という考え方があり、事前に法に明示されている罪だけを裁くという大原則があります。この大原則に沿って考えるならば、東京裁判はどう考えても合法的ではないのです。

しかしそんなことは東京裁判に参加した判事たちも理解していました。理解していながらにして、あえて大原則をやぶったのです。

判事たちの淡い期待

判事たちが法の大原則を無視してまで「平和に対する罪」にこだわったのは、「侵略によって二度と戦争は起こしてはならない」という信念があったからです。

当時の判事たちの信念は結実したでしょうか?残念ながら答えは「ノー」です。東京裁判によって「侵略戦争は不合法」という新国際法が誕生し、そのことにより他の国対する侵略は今後起きにくくなることを判事たちは期待したわけですが、現代を生きるわたしたちはその後の歴史を知っています。

国連憲章が殺人を正当化

例えば中国解放軍は1950年にチベットへ『侵略』(中国側の見解は「平和的な併合」)しました。国連はユダヤ人国家(イスラエル)の建国を決議し、寝耳に水のアラブ国家は怒り狂い中東戦争が勃発。血を血で洗う戦いは「オイルショック」へと発展。

1993年にはアメリカはバクダットにいきなりミサイル23発を撃ち込み世界は大混乱。クリントン曰く、「ブッシュ暗殺未遂事件」に対する報復なんだと。だから国連憲章51条の『自衛権の行使に当たる』んだと。しかしイラクは反論。「ブッシュは要人ではなく前要人。すでに死んだ人を暗殺するつもりなんかありません」と。

マクナマラ元米国防長官曰く、「人は間違いを犯す生き物である」が同時に「核の時代においては、一つの過ちが人類を滅ぼすかもしれない」のです。だから歴史から学べることは学ばなくてはいけないのです。だからこそ日本でも「日本が全部悪うございました」以上のことを教育する必要があるのではないでしょうか。『東京裁判』は歴史を振り返るいいキッカケになるはずです。